ぼくは、お勉強のできるほうじゃない。
小学校ではまあまあ。
中学校ではそこそこ。
高校で赤点をとったことはなかったけどギリギリってとこ。
一年間、予備校に通った時期は興味も手伝って日本史ばかりは勉強したな。
今となっては、ほとんど忘れたし、その後、一般的な歴史観も変わったりして、
いくつかフレーズを覚えているにすぎない。
なんだっけ、松方デフレ政策って?そんな感じ。
先日、東大寺へ行ったおり同行した知人に、屋根の形が時代によって違うんだ、
なんてことを言ったりしていたけど、本当に正しいことを伝えたかあまり自信がない。
少なくとも大仏殿と三月堂の屋根の傾斜は違うけど、大仏殿が「平安様式」か
「白鳳期」なのか、三月堂は「今様」といってよいのか自信がない。
だいたい、寝殿造と書院造の本質的な違いってなんだ?と、
机上で憶えたものを自分の目で確認したい思いが年々強くなっているのかもしれない。
そんなぼくが、最後に通った学校は自動車教習所で、これも20数年前の話なんだけど、
いくつか記憶に残っているフレーズがある。
たとえば、事故の大半は交差点で起きる、だとか、自分のスピードがあがればあがるほど視界は狭くなる、
のような統計的・実証的なものが多くて実感できるものだからかもしれない。
その中で、単車はボロでもメットはよいものをかぶれ、という「指導」は、
じつは実感したことはない。
けれど、その意味するところは大いに賛同しているし、実践していることでもある。
昨今、スクータを中心に逆のカタチで運用されているのを見ると、
かなり冷たい視線を送るのは、二輪車そのものと二輪車を運転することについて、
ぼくが真剣に取り組んだ自信の反動なんだと思っている。
いっぽう、自分の運転技術がそれほど高いものではないとも思っている。
ケツをズらしてコーナリングすることもないし、ヒザを擦ったこともない、おっかないからね。
ウイリーに挑戦したこともなければ、アクセルターンを試みたこともない、もったいないじゃん?
唯一、挑戦したことといえば、長さ10m幅30cmのいわゆる一本橋を
30秒かけて渡ることだった。
これもじつは、教習所で、速く走るよりゆっくり動かすほうがはるかに難しい、
と説明されてからだ。
街乗りが中心のぼくには、この練習はかなり役立っているように思う。
試験場で限定解除の試験を受けているときも、波状路・一本橋は絶対の自信をもっていた。
といいながら、一度はVFRで直立状態のままエンストしたけどね。
そのまま足を出さずにエンジンを再始動して通ったけど、許してくれなかった。
要するに、ぼくが自信を持っているものって、じつは危ういものなんじゃないかと、
少しは疑ってもいる。
そういえば、Vecsterでコケたことないなぁ、と、昨日、事故を目撃してから思い返してみたりした。
もともと、ムリの効かない車両だから、必然的なことかもしれないけど。
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