深淵の中の蝶
- カテゴリ:自作小説
- 2025/01/16 22:31:57
第二十五章
シャンプーも終わり、カットに入って行く。「由佳里さんの髪をカット出来るのって何か嬉しいっす!」と楽しそうに笑う彼の笑顔が私の心を安堵感へと導いてくれる。「そう?私も何だか嬉しいよ」とお互いに笑い合った。何気ない会話から漏れる「由佳里さん」と名前で呼んで貰える事が私は嬉しかった。先程迄感じていたモヤモヤ感はどう考えても私の「嫉妬心」だ。何だか恥ずかしくなってしまった私だが…まぁ、仕方ないか、と諦める他私には対処法が思い付かなかったのだ。「今」の時間は「私」だけに集中して貰える時間だ、それが何よりも嬉しかった。悠さんにとっては何気ない時間だろう、きっと沢山のお客さんのたった一人にしか過ぎない私だ。私にとっては悠さんは「特別」な存在であり、唯一無二の存在だ。それと同時に「大事にしたい好きな人」でもある。そんな事を考えている間に彼は楽しそうに「大丈夫っすか!?切りますよ!?」と確認を取ろうと私へと話し掛けてくれる「うん、大丈夫」…「よし、じゃあ行きますね!」と意気揚々と私の胸の辺り迄ある髪をカットし始めた。「少し長めにカットしたんすけど、ゆっくり様子見ながら行きましょ」と、優しさ溢れる言葉を掛けてくれた。「うん、ありがとう」と私は返事をし、少しづつ短くなっていく髪になんだか…今迄の私にサヨナラしている感覚を覚えた。鎖骨辺り迄カットして、鏡越しに「やっぱり由佳里さんボブの長さ似合いますね」と真剣な表情になっていた。「ありがとう…ふふ、何だか楽しいよ」と私はワクワクと心が躍っていた。少しづつ少しづつ調整を掛けて行く悠さんに見惚れる様に、私は鏡越しの彼を見つめて居た。私の顎下辺りまで切った所で、「おー良い感じっすね」と彼は楽しそうに「次はカラー行きましょっか」と私を誘う。「うん」私は彼の美容師としての腕を信じ、言われるが儘になっていた。「カラー剤作ってくるんで少々お待ち下さい!」と席を立った彼に少し寂しさを感じつつ、私は短くなった髪を少しだけ触ってみた。これから始まるカラーも楽しみだな、と彼を探す。カラー剤を作っている間は彼の姿を見付ける事が出来なかった私だが、鏡に映る自分が何だか別人に見えて新鮮だった。…パープルカラーか、初めてのカラーだなぁ…としみじみと私の盛大な大イメチェンに楽しみという感覚を覚え始めていた頃、出来上がったカラー剤を持って来た女性に動揺を覚えた私は、悠さんがしてくれる訳じゃないのかなと、緊張感が一気に噴き出る感覚があった。…何か話さなきゃ…と思った私は「ど、どんな感じの髪色になるんですか?」と恐る恐る聞いてみた。スタッフの女性は、「透明感のあるパープルカラーになると思いますよ!」とにこやかに返してくれた。「何だか、楽しみです」と私も応えた所で悠さんが戻って来てくれた事に安堵し、「さぁ、由佳里さんの大イメチェン始めましょうか!」と楽し気に笑っていた。そんな彼の笑顔に救われたのは言うまでもない事だった。