Nicotto Town



自作小説倶楽部9月投稿

『不思議なロミ』

ロミは不思議な存在です。
初めて会ったのは私が祖母に引き取られた時で、ロミは玄関で祖母を待っていました。
「今日からこの子はロミの妹よ」と、祖母は私を紹介すると、ロミは金色の瞳で私をじっと見つめました。その様子に、祖母はロミが承知したものと受け取ったようですが、ロミはそっと私の耳に口を寄せると、
「あんたはあたしの子分よ」と言いました。
私は驚きのあまり固まってしまい、何も言うことが出来ませんでした。それでも祖母は私の靴を脱がして家に引っ張り上げて私とロミそれぞれにおやつを与えると夕飯の支度を始めました。
ロミが私の姉だとしても、優しい姉ではなく、意地悪で気まぐれな姉でした。
私はロミを恐れましたが、同時にあこがれてもいました。自分が痩せっぽちで、眼だけがぎょろりと大きな、みっともない子供だと鏡を見て知っていました。それに対してロミは金色の瞳につやつやの毛並み、柔らかいぴんとした黒い耳、ふさふさの尻尾。見とれて、思わす手を伸ばすとロミはさっとかわして、私の手の届かない高い場所に登って私を見下ろしました。そして「のろま」と言ってにやりと笑っていたものです。
ロミはいくつも不思議な力がありました。見えないものが見えたり、遠くの出来事を知っていたり。
当時、住んでいた家の隣には私より少し年上の男の子が住んでいました。その子は時々生垣の隙間から、こちらの様子をのぞき見していました。私は少しどきまぎしながら「あの子、何しているんだろう?」とロミに聞くと。ロミはにやりと笑って、「友達が欲しいんだよ。でもね。女の子が二人、あいつには、あたしが年上の人間の女の子に見えているから声を掛けられないんだ」と言いました。私は驚いて「ロミには幾つも姿があるの?」と聞くと、「馬鹿、幻を見せてるんだよ」と長い尻尾で私の顔をぱさぱさと叩きました。
後から考えると、ロミと暮らしていたのは一年にも満たない期間でした。ロミがいなくなる前日のことはよく覚えています。
生垣を回って庭に侵入したのは隣の男の子ではなく。私の母でした。
「会いたかったわ」
抱き着かれると、窒息しそうなほど濃い香水の匂いに包まれました。久しぶりに見た母は口にべったりと赤い口紅を塗っていて、母への恋しさなど微塵も湧きませんでした。気分が悪くなって暴れると、母はやっと私を下ろしてくれました。
がらり、と縁側のガラス戸が開けられる音がしたかと思うと、祖母がホウキを手に仁王立ちしていました。すぐに口論が始まり、私は慌てて家に逃げ込んだのです。
押し入れに閉じこもっていると、ロミがやって来ました。
「あんたの母親、今夜にもあんたを攫いに来るよ」
私は何も答えられず、蹲ったままでいました。
「来いと言われれば、付いて行くんだろう?」
母に命じられれば、きっとそうしていたと思います。祖母に引き取られるまで私は母のあらゆる理不尽な命令を守ろうと必死で生きていました。
やがて母が一時的に引き上げ、祖母は不機嫌を押し殺して、日常を取り戻すべく私とロミに食事を与え、私を寝かしつけました。
ふと、眼を覚ますとそこには私自身が立っていました。
「あたしが代わりに行ってやろう」
姿は私でしたが、それはロミでした。
「どうしてここまでしてくれるの?」
「あたしは猫だから、あんたの母親のような、誰かの自由を奪うような奴は嫌いなんだよ。大丈夫、そのうち帰って来るから、その時には恩はきっちり返してもらうよ」
ロミは私の顔でにやりと笑いました。黒いはずの瞳の奥に金色の光が瞬きました。

ロミがいなくなって、祖母は少し元気がなくなりました。私は自分のせいでロミがいなくなったので、祖母を支えるつもりで家事を手伝い。祖母を心配させないように学校に行くようになりました。いつの間にか私には友達が出来て、貴男? 違います。最初は同じクラスの女の子でした。
それから、それから、いろいろなことがあって、何年も過ぎて。そのあたりのことは知っているでしょう? お隣さんだったのだから、
私はついにロミに再会できたんです。
ほら、縁側で気持ちよさそうに寝ている子。私がすっかり大人になってしまったから、もう言葉は通じないけど、金色の瞳はそのまま、我儘で、機嫌が良くないとなでさせてくれないの。今も私はロミの子分扱いね。




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