Nicotto Town



「どっち?」2



第二章

春の嵐山は、桜の薄紅が一面に広がり、柔らかな風が花びらをそっと運んでいた。時折吹くそよ風が、桜の香りを遠くまで届け、川面には花びらが静かに浮かぶ。芙美と幸次郎は、その美しい景色を望む個室にいたが、窓の外の華やかさとは裏腹に、二人の間には重苦しい沈黙が漂っていた。

懐石料理の美しい器が並ぶテーブル。春の山菜や旬の魚が彩り豊かに盛り付けられ、まるで春そのものを閉じ込めたような一皿一皿だった。しかし、芙美の手は箸を持ったまま動かず、ただ視線を下に落とし、何度も言葉を飲み込んでいた。そして、意を決したように彼女は静かに口を開いた。

「私、大学卒業したら結婚するの」

その言葉は、暖かい春の日差しとは対照的に、冷たい刃のように幸次郎の胸に突き刺さった。驚きと戸惑いが彼の顔に浮かび、幸次郎は「え…」とだけ呟いたが、それ以上の言葉を見つけることができなかった。桜が舞い降りる音さえも聞こえてきそうな静寂が、二人の間に広がっていた。

幸次郎は何も言わず、ただ箸を置き、手元の料理に視線を落とした。二人の間にはかつての温もりはなく、ただ淡い春の光だけが優しく差し込んでいた。桜の花びらが舞う中、二人はその場にいるのに、心はもう遠くに離れているようだった。

無言のまま食事を終えた後、幸次郎は黙って芙美を車で家まで送った。春の嵐山の景色は美しかったが、その美しさがかえって胸にしみた。車内は静寂に包まれ、聞こえるのは時折響く鳥のさえずりと、二人の浅い呼吸だけだった。

家の前に着くと、二人はお互いに目を合わせることができなかった。ただ、何かを伝えたい気持ちが涙となって瞳からこぼれ落ちた。芙美は車を降りる前に、幸次郎の頬にそっと唇を寄せた。その感触はまるで、散りゆく桜のように儚かった。

「今までありがとう。」その一言に、すべての感謝と別れの言葉を詰め込んで、芙美は車を降りた。幸次郎は何も言わず、ただその後ろ姿を見つめることしかできなかった。春の風が二人の間をすり抜け、桜の花びらが静かに舞い降りた。彼らの最後の瞬間は、春の儚さと重なり合い、忘れられない一幕となって心に刻まれた。

幸次郎は車を走らせながら、舞い散る花びらに彼女との記憶を重ねていた。嵐山の春の風景が、二人の別れを美しくも切なく彩っていた。





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