ジュンチャンと世界を巡る 第65回はコロンビア
- カテゴリ:レジャー/旅行
- 2024/09/18 05:52:20
コロンビア(国名はアメリカ大陸の発見者「コロンブス」に由来)は南アメリカ大陸北西端に位置する国家で首都はボゴタ、東にベネズエラ、南東にブラジル、南にペルー、南西にエクアドル、北西にパナマと国境を接しており、北はカリブ海、西は太平洋に面しています。
南アメリカで最大の製造センターで、非常に多様な文化、民族を持つ国です。
ヨーロッパ人の入植、アフリカからの奴隷、先住民族が混在していて、ヨーロッパ、中東、アジアからの移民が19世紀と20世紀に受け入れられました。
1980年代と1990年代に、国は麻薬密売との戦争を経験し、世界で最も危険な国の1つになりましたが、21世紀の初め以来、国は生活の質、安全、教育、健康、安定性を大幅に改善し、アメリカ大陸の主要国として位置づけられています。
コロンビアの人口はブラジル、メキシコに続いて、ラテンアメリカで第3位で、コーヒー、エメラルド、バラなどが特産商品です。
コロンビアの歴史ですが、ここに最初に人が移住したのは、今から約20,000年も前だと言われています。
最初の移住者はカリブ海沿岸東部(現コロンビアの北東部)から入り、その後ある者は遊牧民として、ある者は定住者として、徐々にアンデス山脈近郊に居住区域を広げていき、彼らが先住民となりました。
コロンブスのアメリカ大陸上陸後、スペイン人は金や銀などの鉱物を含む天然資源を発見し、天然資源を利用するために先住民族を征服して奴隷として使い、彼らの土地と所有物を剥奪していきます。
スペイン人の植民地支配強化と迫害によって激減した先住民族に代わって、アフリカの黒人が奴隷として連れてこられ、この結果白人と黒人の混血人が激増し、現コロンビアの多種多様な文化の基礎が築かれたのです。
多くの天然資源で経済力を強めたコロンビアの現地スペイン人は独立志向を持ち始め、1819年に独立を勝ち取りました。
この独立で、現在のコロンビア、ベネズエラ、エクアドル、パナマを合わせた巨大な国、大コロンビアが生まれますが、シモン・ボリバルという有力な指導者を失った大コロンビアはその大きさから維持が難しくなり、1831年に3国(ベネズエラ共和国、エクアドル共和国、ヌエバグラナダ共和国)に分裂します。
ヌエバグラナダ共和国は、現コロンビアと現パナマが合さった国で、1903年にパナマがコロンビアから独立して今のコロンビアになるのです。
ここから、おすすめのコロンビア観光となります。
まず、シパキラの塩の大聖堂です。
ここはもともと塩鉱山だったものを教会にしたんだそうで、内部は塩と岩でできており、青くライトアップされ実に幻想的な雰囲気が広がっています。
ボコダから車で1時間、入場料は10ドルくらいとのこと。
次に、要塞都市カルタヘナです。
カリブ海に面したカルタヘナは、正式名称を「カルタヘナ デ インディアス」といい、スペイン植民地時代に多くの奴隷がアフリカから連れて来られ、貿易港として栄えた歴史を持つ街です。
城壁や大聖堂、時計塔など見どころが集中しており、現在はコロンビアを代表する観光スポットとなっています。
最後に、黄金博物館です。
コロンビアの首都ボゴタにある黄金博物館は展示されているボリュームがすごくて、さまざまなデザインを凝らした金細工を見ることができます。
1000年前に作られたというものや、金細工をつくるための道具、ほかには土偶なども展示されています。
皆さんは、コロンビアの何処を歩いてみたいですか。
そんなある日の朝食は、ハムカツ&焼きぞばと、家の冷蔵庫から持参したトマトとバナナ、そしていつものように飲み物はUCCコーヒーである。
その際ブルーのボトルを持って行きましたが、釣り師のペットのモモちゃんの排便や排尿処理に使っている酸性消毒液で手の消毒を必ずしていました。
コロナの年となった2020年から釣り師の持ち物で増えたのは、このブルーのボトルです。
食事の前に「お手、おすわり、消毒」というふうな調子で手を消毒し、食事後までしっかり手を消毒していました。
釣り師もコロナの時代で頑張っている日本中の皆さんと同じように、三密に気をつけながら、手の消毒を日課のように欠かさず実行していたのです。
今はもうそんなこともなく、普通に釣行しています。( ^)o(^ )
私が仏領ギアナに滞在中、南米初のコロナ患者が出て、コロンビアを出国するときには色々書類にサインさせられました。その後、毎月コロンビアからスペイン語のメールが届きました。内容は「体調に異常はないか?」というものでしたが、1年以上届いていました。