Nicotto Town


物書きに書かれたもの


万華鏡屋「夢売り」

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<万華鏡屋 夢売り>
「いらっしゃい」

 つい立ち寄ってしまった「万華鏡屋」。外の看板にそう書いてあった。ここは「夢売り」という名前の店らしい。しかし、万華鏡専門店なんて初めて入った。この時代でも商いを続けていられるのだから、それなりに収入があるのだろう。
 中に入れば、壮年の男が衝立の隙間から顔を覗かせた。しわはところどころに見られるが、その容姿はどこか若く見える。

「珍しいですね、男性が来るなんて」
「はは、つい気になって」

 男は立ち上がると、店の奥へ案内した。そこにはガラス張りのテーブルと万華鏡の山がある。筒はキラキラと光る市松模様が描かれていて、赤青黄と色とりどりだ。専門店と言うだけあって、なかかな凝っているようだ。隣では手作りの気配がある。世界で一つの万華鏡が売りといったところか。

「一ついかがですか。これも何かの縁ですから」
「そうですね……オーダーメイドもできるんですか?」

 隣に目をやりながら聞くと、男はあぁと声を漏らしながら視線をそちらへやった。僅かに黙った後、にこやかにできると答えた。

「じゃあ、せっかくなんでお願いできますか」
「ええもちろん。では、こちらにおかけください」

 男に案内されたのは作業場。どうやら隣で制作過程を見られるらしい。ちらりと腕時計に目をやり、靴を脱いだ。作業場は売り場と分かれてはおらず、店に入ると一番に見えるのが作業場だった。隠して行うものでもないようだ。机の上には和紙の切れ端と筒、中に詰めるものが散らばっていた。

「散らかっていてすみません。それでは、いくつかお聞きしたいことがあるのですが」
「え?」
「質問からイメージを掴んで作るんです。オーダーメイドというより、オリジナルっていうだけですね」
「面白いですね、いいですよ」

 男が机の上の物を端に寄せ、新しい和紙をいくつか取り出した。色は7色もあり、選べと言われたら少し悩む。だが、今回は聞き取りからのイメージで作成してくれるようだから、期待に胸が膨らむ。

「昼と夜、どちらが好きですか?」
「えっ」

 しかし、想定していたものとは異なる質問が投げかけられ、思わず困惑した声が漏れてしまった。昼と夜なんて、そんなもの考えてことない。そのうえあまりにも漠然としているではないか。だが、男はじっと答えを待っていた。

「えっと、昼?」
「それはなぜ」
「えぇっと……外が好きなので、店が開いてる時間がいいなぁ、なんて」
「なるほど。次の休みにはどこかへ?」
「まあ、そうですね……サイクリングでもするかな」
「いいですね。ところで、好きな飲み物は?」
「飲み物?……うーん、サイダーはよく飲みますよ」

 彼は答えをメモ帳に書きながら、質問をいくつか繰り返した。それは他愛のないもので、すべてが想定外のものだった。そんなことを聞いて、万華鏡なんか作れるのだろうか。この答えから、どんな万華鏡が作れるのか。てんでわからなかった。

***

「ありがとうございました。またいらしてください」

 軽く会釈して店を出る。外はまだジリジリと肌を焼くように熱く、太陽も真上にある。結構な時間を過ごしたはずだったが、と時計を確認すると、なんと10分程度しか経過していなかった。ハッと驚愕して後ろを振り返ると、自分が出てきた店は確かにある。狐に化かされたわけではなさそうだが、店のドアからは明かりが漏れていなかった。

「な、なんなんだ……」

 不気味に思いながら足早に店の前から去る。手に握った菜の花色の万華鏡にふと視線を落とし、そっと中を覗いてみた。あんなわけのわからない質問でいったい何を作ったのか。もし大したことないのなら文句でも言いたい気分だった。小さな穴に目を当てる。

「……うわ、」

 鮮やかな夏空の下で、自分が自転車を走らせている。青々と生い茂った草原の中を、風と共に走っている。少し手を傾ければ、きらりと場面が煌いて自分と風を夏が彩る。たまらなくなってくるくると筒を回した。自分は気持ちよく風になっていた。

「………すげぇや」

 万華鏡から帰ってくると、目の前の景色が物足りなく見えた。だが、帰路に着く足どりは軽かった。今度の休みは、この景色を探しに行こう。夏が終わる前に。
 夢を売るとは、よく言ったものだ。

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2024/09/10 20:13
こんばんは、初めまして。
小説拝読しました。
少し不思議で落ち着いた雰囲気でいいなあと思います!
イベントアイテムを小説のモチーフに、という発想は面白いですね。
お部屋もそのコンセプトに沿って作っているのがまた素敵です(*'ω'*)

あ、ちなみにモノノ怪、この前公開された映画観ましたが、
私も最近ちょっとはまり中です^^



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