ジュンチャンと世界を巡る 第110回はソマリア
- カテゴリ:レジャー/旅行
- 2024/08/28 05:38:30
ソマリア連邦共和国、通称ソマリアは東アフリカのアフリカの角と呼ばれる地域を領域とする国家で、エチオピア、ケニアおよびジブチと国境を接し、インド洋とアデン湾に面しています。
1991年勃発の内戦により国土は分断され、事実上の無政府状態が続いていて、のちにエチオピアの軍事支援を受けた暫定政権が発足し、現在では正式な政府が成立しましたが、依然として一部地域を他の国家であると主張する政府が統治しています。
現在の国土はソマリア連邦共和国政府が統治する中南部と、91年に独立宣言した旧英領のソマリランド共和国(首都ハルゲイサ、国際的に未承認、東部地域でプントランドと領土紛争)の北部、おもに南部に展開するイスラム急進派アッシャバーブ支配域に大きく3分割されています。
ソマリアの歴史ですが、起源前26世紀から紀元前10世紀頃、この地にはプント国があったと伝承されています。
プント国は古代エジプトの貿易相手国の一つで、金、香料、アフリカン・ブラックウッド、コクタン、象牙、奴隷、野生動物などをエジプトに輸出していて、当時、プントは「神の国 (Ta netjer)」と呼ばれていました。
10 - 14世紀の間に、アラビア半島南部から遊牧民のソマリ族(主にアフリカ大陸の東端であるアフリカの角に住む民族で、1,000万人以上の人口を抱えるが、言語(ソマリ語)・文化面(スンナ派のイスラームを信仰)から民族的均一性は非常に高いです。しかし民族意識よりも氏族への帰属意識が高いため、氏族権益から同一民族同士で争うことが多々ある。)が移住してきましたが、彼らは早くからアラブやペルシャと交易していました。
ソマリ人は元々6つの氏族に分かれ、それぞれの氏族に帰属意識を持って暮らしていましたが、第二次世界大戦でイギリス軍がイタリア領ソマリランドを占領、またイタリアが占領していたエチオピアも41年に皇帝軍が奪還すると、東部のオガデン地方はイギリスが暫定統治することになり、ケニア北東部を含めイギリス支配の下にソマリ人居住地域は統一されることになったのです。
その後、イギリスが北部を、イタリアが南部を保護領にし、1960年6月26日、イギリス領がソマリランド国として独立、5日後の7月1日にはイタリア領も独立し、南北統合でソマリア共和国が発足したが、その後もクーデター等が多発し、政情が不安定なままで現在に至っているのです。
またこの地域が面するアデン湾は海賊行為の多発海域で、ソマリア拠点の海賊によってアデン湾も含むソマリア周辺海域は船舶航行にとって非常に危険なものとなっています。
また、ソマリアはイスラムを基礎とする国家であり、サウジ、イエメン、イラン、アフガニスタンなどと同様ブラジャーを着用した女性に対し公開鞭打ちが執行されていて、強盗犯に断手刑を執行した事例もあります。
ソマリアの地理ですが、沿岸部は高温多湿で、内陸は砂漠です。
アデン湾に沿ってグバンと呼ばれる幅2 - 12キロの海岸平野があり、北部に最高地点のシンビリス山(標高2,416メートル)があります。
降雨量はきわめて少なく、エチオピア高原からインド洋沿岸のキスマユへ流れるジュバ川、同じくモガディシュへ至るシェベリ川以外に四季を通して水の流れる川はありません。
ソマリアの経済は内戦で壊滅、崩壊状態です。
世界最貧国の一つであり、IMFによると2020年度のソマリアの一人当たりGDPは332ドルで、世界195の国家・地域の内193位で、平和基金会が発表した失敗国家ランキングでは2008年から2013年まで6年連続で第1位にランクづけされており、国際的に承認された政府が21年ぶりに発足したにもかかわらず2014年・2015年も2位に位置づけられました。
2013年度のイギリス情報誌のエコノミスト治安ランキングワースト10では第2位、また、内戦で大量の難民が発生しており、各国からの援助が頼りの状態です。
こんなソマリアですが、観光スポットが国内に数カ所あるので、ここから観光に入ります。
まず、モガディシュ セントラルモスクです。
植民地時代後のソマリアでの主な宗教はご存知の通りイスラム教で、首都のモガディシュには10,000人の礼拝者を収容することができる大きなモスクが存在します。
それが、1987年に作られたモガディシュ セントラルモスクで、内戦の際に一時期封鎖されましたが、2008年に再開されていて、2015年に改装を完了したばかりの新しい部分もあり新旧のイスラムの風を感じることのできるスポットとなっています。
次にリドビーチです。
ソマリアはインド洋に面した国だからこそ、ビーチも有名な場所がいくつかあり、その中でもアフリカNo.1と言われているのが、このリドビーチ、砂浜にはゴミ一つ落ちておらず、観光地としての心配りが行き届いています。
ここの風景だけを切り取れば、まるで南国のリゾート地のようです。
深い場所まで行くと、サメに注意しなければいけない等の危険もあるそうですが、時間帯とセキュリティが許せば海を泳いだり、ボートに乗ることも可能です。
アフリカでリゾート体験ができる貴重な場所です。
最後に、シャンハイ・オールドシティです。
シャンハイオールドシティは、ソマリア観光の中でも特に代表的な観光名所の一つで、18世紀にソマリアがイタリアの植民地時代だった際に、インドネシア海岸沿いに設けられた要塞と市街地の跡地です。
そこには、イタリア植民地時代の名残を残す豪華な建造物も見られ、その当時の市街地の地名が、「シャンハイ・オールドシティ」だったのです。
街の多くは跡地となっていますが、コバルトブルーの海とヨーロピアンティストの古い建造物のコントラストは、一瞬自分がヨーロッパのリゾート地に来ているのではないかと錯覚してしまいます。
次回も東アフリカの国々を紹介します。
引き続き気楽に遊びに来てください。( ^)o(^ )
ところが外務省の海外安全ホームページでは、ソマリアは以前からレベル4(退避勧告)が出されたままで行けずにおります。
いつ頃行かれた情報なのでしょうか?