Nicotto Town


モリバランノスケ


遥かな尾瀬

今、小蝶とクワオは、銀河Expressを降りた所だ。場所は、標高約1700mに位置する尾瀬沼。そこに息衝いているアオモリトドマツの枝上である。ここの駅長が彼であり、樹齢は優に⊕⊕⊕年を越える、この地の歴史に詳しい老木である。

上空は、雲一つ無い、真っ青な空。大気は澄み渡り、夏の陽光が、辺りを照らし続けている。しかし、時々微風が通り抜ける為、極めて爽やかである。無論それは、標高が大いに関係している。沼の出現に深く関わる、火山燧ヶ岳の勇姿が、水面に、鏡のごとく、美しく写し出されいる。五湖に映る富士に勝るとも劣らぬ、逆さ燧ヶ岳である。

小蝶とクワオは、この美しい風景に心を奪われたようで、じっと無言のまま見入っている。そんな二人は、何やら言葉を交わし始めた。

小 (何処かで、Breakfastを取りたいですね)
ク (この圧倒的な美しい風景が、食事
  代わりという言う訳にもいかないですネ)

その時、彼等の会話を耳にした老トドマツが、声を掛けてきた。

老 (そこに広がる、カラ松の林を抜けると、
  丘の上にログハウスが在る。そこには、
  窓外に、尾瀬沼と燧ヶ岳の絶景を望める
  明るい素敵なCafeが。Madamは、とても  
  気さくな人。そこでの、Breakfastが良い)

二人は、駅長から教えられた道程を辿る。落葉松林の中を抜けると、小高い丘に、ログハウスは在った。廊下でつながる、大型と小型の建物。小型のログハウスには、尾瀬のCafeと文字。白樺材のプレートが掲げられている。

ドアを開ける。店内には、程よい音量の軽音楽のリズムが流れている。カウンターの中から、(いらっしゃいませ)と、初老の女性が、落ち着いた明るい声で、迎えてくれた。席についた二人に、Madamが、親しみを込めた言葉を掛けて来る。

M   (見慣れない顔。どちらから来られたの?)
小 (アサギマダラの小蝶と申します)
ク (オオクワガタのクワオと申します)
小 (私は、千葉県南房総で生まれました。旅を
  するのが宿命。母の故郷である宮古島から
  沖縄読谷村、大分県日田、香川県小豆島、
  岐阜県郡上、静岡県浜名、日本橋浜町、
  都西高松山、都下田浜山、千葉小多喜、
  そして、懐かしの南房総で羽を休めて、
  今朝、こちらに。便は、全て銀河Express)
M (随分と、長い旅です事!)

Madamは、こう言った後、暫し何かを考えているようだ。そして、(この子は、お蝶の子供ではないかしら)と、内心呟いている。

そして、確信したのか、小蝶に言葉を掛ける。

(貴女は、お蝶の子供ですよね。そうよね!)

小蝶は、驚いて言葉を返す。

(私の母親は、まさしくお蝶です。貴女は、知っておられるのですか?)

Madamは、それに対し、過ぎ去りし日々を懐かしむように語り始めた。

(知っている、なんていう単純な事ではありません。私達は、親子の関係、いや、親孫の関係と言っても良いぐらい、密な間柄でした)

Madamは、こう話すと、(積もる話は、後程に。
先ずは、貴方がたのBreakfastは、何にしましょうか?、この地で採れた蜂蜜がBest)と勧める。

二人は、それを頼んだ。夫々の前に、皿に盛られた、蜂蜜が出される。小蝶とクワオは、空腹も手伝って、本当に美味しそうに食べ始めた。

Madamは、そんな二人を眺めながら、語りかけてきた。

⊕ここ尾瀬は、11月下旬から5月下旬までは、雪に閉され氷結した世界。(このところ、地球温暖化の影響で、毎年短くなっているけれど)。だから、春と夏が同時にやって来ます。ミズバショウ、ニッコウキスゲ、等などが、一斉に開花。

その景色は、それは見事です。私の主人が、咲き誇る花々の恩恵を受けて、養蜂をしているのです。この蜂蜜は、蜜蜂の皆さんの作品なの⊕

Madamの話は、蜂蜜の風味に、さらなる深みを与えた様である。二人は、最後のひとタレまで満足して、食べ尽くした。

その時、母屋から、廊下を通って10人程のグループの若者がCafeに入って来る。奥の壁際が、小さい舞台になっている。所謂、ライブステージである。この夏、某大学の混成合唱団が合宿していた。この時間が、練習Timeの様である。

バス、バリトン、テノール、メゾソプラノ、そして、ソプラノの5部歌唱。先ず、それぞれに、発声練習を行った後、声を合わせ歌い出した。

流れるのは、江間章子作詞中田喜直作曲の、

夏の思いで

夏が来れば、思い出す
遥かな尾瀬、遠い空
霧のなかに、浮かび来る
優しい影、野の小道
水芭蕉の花が、咲いている
夢見て咲いている、水のほとり
シャクナゲ色に、たそがれる
遥かな尾瀬、遠い空

Madamは、過ぎ去りし日に想いを馳せながら、
小蝶に語り始めた。

⊕そう、あの時も、同じシチュエーションだった。お蝶は、あの歌に合わせて、踊り(舞い)出したのです。彼女は、学生達の、正にアイドルでした。その中に、子供の頃から、昆虫に親しんできた男子学生がいました。

二人は、気があったのでしょう。一時も離れず、ある時は学生の肩に止まり、又、ある時は学生の手に止まり、色々な話をしていました。

ある時、グループで、尾瀬ヶ原にヒッチハイクに出かけました。ミズバショウが、可憐に咲いている湿地の中を、木道が何処までも続いています。絵に描いた様な、澄み切った青空。頬を撫ぜる、爽やかな風、空気。その時も、お蝶は参加しました。彼の肩に止まって。きっと、この上ない、幸せの感情に包まれていたことでしょう。

しかし、お蝶の恋は、合宿を終え学生が帰京する事で悲恋を迎えたのです。

所詮、蝶と人間です。

とはいえ、お蝶の憔悴振りは、尋常では無かった。食事も喉を通らなくなり、全く受け付けませんでした。痩せ衰えていくばかり。このままでは、これからの、北国への旅は無理かもしれない。いや、命さえ危ぶまれる状態でした。

私は、藁にも縋る思いで、老トドマツさんに相談したのです。彼は、お蝶に、言葉を掛けて下さいました。彼女は、日に日に回復してゆきました。その言葉が、どの様な意味なのか、聞いたことはありません。多分、俗人の私には分からないでしょう⊕

Madamは、ここ迄話すと、少し喋り疲れたのか
暫し押し黙る。

小蝶は、一語も聞き漏らすまいとするかの様に、Madamの話に聞き入っていた。

そして、心のなかで、密かに呟いている。

[Madam、ありがとうございます。母の新たな一面を知る事が出来ました。私の、心の引き出しに、そっと仕舞っておきます]

Cafeの全面に解放された窓からは…陽光に輝く
尾瀬沼が見渡せた。そこには、澄み切った青空にクッキリと浮び上がった燧ヶ岳、沼の水面に映える逆さ燧ヶ岳の姿が彩りを添えている。正に、先程の歌を、彷彿とさせる風景である。

少し間を置き、Madamが、語り始める。

(あなた達、これからどうするの?。あの学生達
、尾瀬ヶ原に、トレッキングに出掛けるみたい。同行したら!。でも、恋に落ちちゃ駄目ョ)

即座に、クワオが一言口にする。

(心配ご無用。私がガードします)

辺りに、笑いの渦が、巻き起こった。




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