Nicotto Town


モリバランノスケ


故郷の小蝶

快晴である。雲一つ無い。焼ける様な真夏の光線を通して、遥か彼方に広がる、房総の山々が見渡せた。今、小蝶は、青年クスノキの小枝に止まり、葉の陰から、懐しい風景に魅せられていた。密かに、(故郷はいいな~)と、呟いている。

そんな小蝶の仕草を、優しげにじっと見ていた青年クスノキが、言葉を掛けて来た。

青 (小蝶、お帰りなさい!)
小 (青年クスノキさん。只今、戻りました)
青 (随分と、感慨に浸っているようだね)
小 (だって、私は、貴方の葉陰で産まれたんで
  すもの。ここは、産湯の様な優しい場所)
青 (どの様な旅だったの?)

小蝶は、その問いかけに、旅の行程を振り返るかの様に語り始めた。

⊕最初に、訪ねたのは、母の故郷である宮古島。そこは、紺碧の海、珊瑚礁の浜、多様な生物·····正に別天地。そして、私を迎い入れて下さった皆様の、心の広さ、深さ、暖かさを忘れる事は出来ません。

それからは、沖縄読谷村、大分県日田、瀬戸小豆島、岐阜県郡上、静岡県浜名、日本橋浜町、都西高松山、都下田浜山、と、旅を続けました。昨日、小多喜のハ―ブアイランドで、素晴らしい一時を味わい、今朝、帰ってきたのです。

どこの所も、最初に訪れた宮古島の時と同じ様に、皆さんから、心のこもった温かい言葉を、掛けていただきました。又、そこに在る、ログハウスのご夫婦のお世話になりました。皆様は
、ここ南房総のご夫婦のログ仲間でした。私が行く先々の、ログ仲間に、連絡が入っておりました。誠に、有り難い限りです。⊕

小蝶が、ここ迄喋り終わると、ログハウスを挟んで東斜面に息づく老クスノキから、(小蝶、お帰りなさい!)と、言葉が飛んでくる。青年クスノキが、小蝶に、(老クスノキさんが、貴女を呼んでいる。会いたいみたいデスょ)と、囁く。

小蝶は、青年クスノキの葉陰から、羽を広げてヒラリと。そして、老クスノキに近づいて行く。途中、ツツジ、モミジ、杉、檜、樫、等の樹木達に、(お元気!)と、声を掛けながら。小蝶は、老クスノキの枝に止まり、話し始めた。

小 (老クスノキさん、ご無沙汰しております)
老 (小蝶、元気そうで、何よりだよ)
小 (このところ、地震や台風が多発してます。
  貴方様は、500年と言う老樹でいらっしゃる
  。健康上、何処か悪い所は、ないですか)
老 (有難う。森の者達が、自分事の様に、私を
  気遣ってくれます。今の所、大丈夫ですよ)
小 (それを、お聞きして、一安心です)

小蝶は、この言葉を口にすると、再会の喜びを噛み締め余韻に浸っている様子である。暫しの沈黙の後、改めて、老クスノキに語り始めた。
  
⊕母のお蝶は、この地に立寄った祭、旅する意味が分からなくなり、この丘にある竹林の葉陰で、憔悴していました。幸いな事に、ご主人に助けられたのです。体は回復しましたが、心は、健康とは程遠い状態が続いたそうです。

心の優れぬ母は、老クスノキさんと会話を交わす事で、少しづつ元気を回復し、心の健康を、取り戻していったそうです。

正に、貴方の言葉に救われたのです

私も、貴方様から、色々な道理を学びました。 本当に無知な私でしたが、少しは自覚を持つ事が出来ました。貴方のお考えは、(常識に捕われず先入観なしに考える)との、一点につきます。
しかし、それは、とても難しい事です。

私は、旅にでました。それが、宿命ですから。
密かな望みは、母のお蝶が、何について悩んでいたのか、それを知る事でした。私は、母の旅の足跡を辿り、こうして帰ってまいりました。いまだ、旅も、母を知る事も半分ですけれど。

私は、まだまだ、未熟者です。
失礼とは存じます。私の、考え思いの現在地を、聞いて頂きたいのです⊕

小蝶は、ここ迄話すと、葉陰から望まれる空の一点を見つめて、自らの考えを整理するかの様に、暫し沈黙する。

そして、徐ろに、言葉を紡いだ。

{先ず、世界に付いてです。

私の周りには、二つの世界が在ります。眼に見えている、物理的世界と、眼に見えていない、意味的世界。

私は、肉体を持ち、物理的世界を生きている。必要なのは、水、空気、食料、······等など。

一方、精神を持ち、意味的世界を生きている。
必要なのは、心、思い、言葉、·······等など。

次に、存在(私)に付いてです。

肉体の私は、死とともに、消滅します。
精神の私は、肉体が滅んでも、存在し続けます。

次に、言葉に付いてです。

意味的世界に存在していた私が、物理的世界に言葉と共に、生まれた。だから、この世界では
、言葉が命。それ無くては、生きられない。

次に、意味に付いてです。

究極的意味の世界が在る。意味は、そこから生まれた。だから、物理的世界でさえ、意味に満ち満ちている}

小蝶は、ここ迄話すと、暫し押し黙った。

少しの間を置き、次の様に言葉を紡いだ。

{今迄、旅の間、貴方が示された、(常識に捕われず先入観なしに考えなさい)と言う教えを礎に
、考え続けてきました。

そして、この世界は、意味で出来ている、という事に、気づき始めております}

小蝶は、こう言った後、独り言の様に呟く。

{でも、意味の世界って、一体何処に在るのでしょう。今の私には、分かりません。これは
、これからの、残された課題でしょうか?}

老クスノキは、小蝶の話に、じっと耳を傾けていたが、次の様に、言葉を返して来た。

⊕小蝶!。良く、そこ迄考えた。偉いです!。
たが、私とて、未だまだ未熟者だ。ただ、長く生きていた、と言う事だけなのかもしれない。まだ、ソナタには、北に向かう旅がある。花向けに、今の私の思いを伝えようではないか⊕

老クスノキは、こう前置すると、押し黙った。
そして、暫しのに沈黙の後、語り始める。

⊕先程、ソナタは、(意味の世界って、何処にあるのか?)と、問うてきた。

例え話だが、路傍の石が、道端のそこにあるとする。意味の世界が、同じ様なあり方で、そこに在る訳では無い。その様な探し方をしては、意味の世界は、(無い)と、言えるだろう。存在していないことになる。答えは、NOである。

私は、ソナタが今回の旅に出るに当たり、(先入観なしに常識に囚われず考えなさい)と、花向けの言葉を贈った。

その事だが、元々、我々は、意味の世界の場所を、知っているのだ。けれど、常識と言う幾重もの膜を通して見ているので、見えて来ない。そういう意味では、ソナタの視力は、かなり回復して来ていると、言えるだろう。

我々、朝に目覚めてから、就寝する迄、一時も欠かすことなく、何かを感じながら生きている
。常にそこに意味を見出し、瞬時に言葉に変換しながら生きている。正に、其処なんだ。その
(感じ)、そここそが、意味の世界なのだよ。

私の話は、極端かもしれない。が、聞いてほしい。今、瞬時に言葉に変換しながら、と言ったけれども、言葉とは、私が意味の世界に触れた証である。言い換えると、生と死を、瞬時に、
繰り返しているのだ。そこに在るのは、今。

文学芸術作品を読んで、感動を覚えるのは、言葉を通じて、其処に意味の世界を、垣間見ているからだろう。

そこに、確かな究極的意味の世界が在る⊕
   




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