Nicotto Town


モリバランノスケ


浜町の小蝶

所は、日本橋浜町。街は、茹だるょうな熱波に包まれている。時刻は午後二時。暑い最中とはいえ、甘酒横丁を行き交う人の流れは、多い。
通りの奥に在る、明治座での観劇。浜町公園での盆踊り。それとも、墨田川の打ち上げ花火。

今、小蝶とクワオは、その通りに在る、とある店の中に。そこは、装飾が、心が落ち着く竹林のイメージで統一された和風カフェ。程良く効いた冷房が気持が良い。流れているBGMは、琴の調べ。宮城道雄の(春の海)で、あろうか?。壁には、店内の雰囲気を引き立てる様に、日本画が。東山魁夷の(道)(霧)(たにま)(樹根)(山響)・・。

小蝶とクワオは、カウンターに座り、店内に滲み渡る和の雰囲気を楽しんでいる。中から、和服を着たMadamが、(何にいたしましょうか?)と聞いてくる。そして、お勧めは、(この辺りの、ビルの屋上で採れた蜂蜜なのよ)と、続けた。

二人は、それを注文する。それを潮に、Madam
との間で、会話が始まった。

マ (何処からいらしたの?)
蝶 (生まれ故郷の南房総からスタート。その後
  、宮古島、沖縄読谷村、大分県日田、香川
  小豆島、岐阜県郡上、静岡県浜名を経由し  
  、旅を続けて参りました。そして、先程、
  こちらに着きました。便は銀河Expressです)
マ  (マァ、なんて長旅なんでしょう!)
蝶 (私はアサギマダラの小蝶と申します。旅を
  するのが、私の宿命であり仕事なんです)
ク (私は、大クワガタのクワオと言います。
  郡上から加わった、ボディーガードです)

Madamは、二人の話を、頷きながら興味深げに聴いている。

そして、(この界隈は、下町情緒が残る粋な雰囲気が在るでしょう!)と、前置きしてから、浜町の事を紹介するかの様に、語り始めた。

○私は、この街で生まれ育ちました。そこの窓から見える、樹木の生い茂る緑道があるでしょう。私が子供の頃は、隅田川へと流れ込む川だったんです。船が行き交い、今は姿を消しましたが、川辺りには、多くの船宿が在りました。

一町程上流に、下が割烹、上は旅館の建物が在るけれども、私の親友K子の実家。今も、彼女が
経営。昔、この辺から、隣の馬喰町に掛けて、繊維問屋街でした。今でも、関連する会社が多い。旅館の客も、その方面の人が多いみたい○

Madamは、貴方方にはあまり興味が沸かないかな、と言う素振りを見せてカウンターの中で下を向き、何か手仕事をしている様である。小蝶は、(とても歴史を感じさせる街なんですね。もっと、お話を聴きたいです)と、語り掛けた。

Madamは、こちらを向き直ると、(この窓からも見えるけれども、緑道の主の様な、樹齢500年にはなると思われる、クスノキの枯木が息づいています。後で、彼を訪ねて、昔の事を聴いて見ると良いと思うわ)と、勧めてくれた。

暫し、店の雰囲気を味わった後、小蝶とクワオは、和風カフェを後にした。そして、緑道の枯木クスノキに近づき、語り掛ける。

蝶 (枯木クスノキさん、こんにちは!)
ク (見慣れない顔だが、どうした?)
蝶 (和風カフェのMadamから聞きました。
  貴方は、昔の浜町を、良くご存知だと!。
  色々お聴きしたいと思います)

二人は、(そんな下にいないで、上まできなさい)と、枯木クスノキに促され、登っていく。

高い樹木の上は、微風が行き交い、幾分暑さも和らぐ感じである。又、素晴しい景色が拡がっていた。少しづつ夕闇が迫ってきており、風に乗って、浜町公園の盆踊りのざわめきが聞こえてくる。それは、太鼓の響。それに、演歌歌手の歌う、浜町音頭のメロディー。そのうち、まだ薄明るい夕空に、打ち上げ花火の饗宴が始まった。

小蝶は、改めて、枯木クスノキに挨拶する。

蝶 (私は、旅をする蝶、アサギマダラの小蝶 
  と申します。先程も御願いしました。
  昔の浜町界隈の事をお聞きしたいのです。
 500年と言う長い年月を生きて来られて、
   最も、印象深い出来事は、何でしょう)

枯木クスノキは、思いがけない問い掛けに、少し驚いている様子。暫し、沈黙していたが、徐ろに口を開いた。

○  それは、天明年間の事である。

さっき、そなたが寛いでいた、和風カフェは、その頃から、商いをして来たFamily。その頃は
、薬種問屋を営んでいた。主人は、常二郎と言う働き者。生まれは房総の貧農。幼くして丁稚奉公でこの店に。先代に、働きぶりを認められて、婿養子として迎えられた。店の業績は、他方面に商いを拡げた事も有り、先代の数倍に。

天明は、大飢饉が起こり、壮絶な時代だった。家や仕事を失った人々が溢れていた。特に親を失った子供達は、悲惨だった。この浜町でも。

今は無いが、甘酒横丁の南側の路地を入った所に、佐是寺と言う禅寺が在った。そこの住職は
、笑念と言う僧侶だった。彼は、お堂を孤児達に開放して、孤児院としたのだ。長く白い顎髭を生やし、周りからは、(白ひげ)と慕われた。

話は、少し横道(?)に、逸れたようだ。

本題に、戻ろうか!。

薬種問屋には、ひとり娘がいた。名を小蝶と。
年のころは、15歳の娘盛り。彼女は、大店の娘である。世間は、(それなのに)と、噂していた。
実は、時間が許せば、佐是寺に出かけて行って
は、笑念に従い、孤児達の世話をしていた。

気立ての良い、それは美しい娘だつた。しかし
、普通の娘とは異なり、少し、変わっていた。
お茶、お花、行儀作法等には、興味を示さず、書物を読んだり、文字を書いたりする事が好きだった。幼い頃から、佐是寺の笑念と、親しく接していたのも、書物を通してである。孤児院の手伝いは、そんな経緯があつたからだろう。

その日も、今日の様に、汗ばむ陽気だった。寺の裏側には、竹藪が在り、その中に地層から染み出した湧き水が、池を造っていた。水辺には大輪の蓮の花が咲いている。そこで、孤児の一人が、暑さを凌ぐために、水遊びを始めた。実は、池の中程は、底なしの深場に成っている。だから、普段は、入って遊ぶ事は、絶對厳禁。

その孤児は、足を取られ溺れてしまう。そばで見守っていた小蝶。直ぐ様、飛び込み、孤児をすくい上げて、岸辺に戻す。しかし、小蝶は、足を蓮の根に絡まれのか、上がってくることが出来ない。次第次第に、池の中心部から誘われでもしたかの様に、引き込まれて行ったのである。

この事があってから、毎年、池には、可憐な、オレンジ色の蓮の花が、咲くように成った。○

小蝶は、ここまで、枯木クスノキの話に、息を凝らしたかのように、じっとして聞いていた。
その娘の名が、自分と同じ名である事もあったろう。しかし、それ以上に、心の奥底に、ズシリと響く、何か、衝撃を感じ取った様である。

小蝶は、心のなかで、密かに呟いていた。

(あの小蝶は、素晴らしい最高の生き方をした。
私も、何時になるかは分からないけれど、そんな生き方をしてみたい。それは、殉教なのだ)

小蝶は、枯木クスノキに、感謝の気持を込めて
語り掛ける。

○そうですね!。枯木クスノキさん○

彼は、小蝶に、優しく言葉を返した。

⚪その通りだ。素直に思考する、そなたなら、必ず出来るよ⚪




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