Nicotto Town


モリバランノスケ


郡上の小蝶

天井間際まで拡がる、明るい雰囲気の吹き抜けがある。窓から、低山が見渡せた。前面に竹林があり、その背後には、この土地古来の、楢、栃、楠、桜、楓、等の樹木が、豊かな森を創成している。

古を思わせるカフェ。店内には、程良い音量のClassicが。曲目はモーッアルトのピアノ協奏曲。窓からは、爽やかな朝日が、優しく差し込んで来ている。飛騨家具匠の手に成るという、店の造りは、客の心を和ませる。花瓶の、山吹、シヨウブ等の山野草も、シットリとした風情を。

今、小蝶は、この店内で寛いでいた。栃の原木を丸ごと使ったカウンターの中から、Madamが
、(何にいたしましょうか?)と、聞いてくる。そして、(この辺りは、野の花がとても綺麗。彼等からの良質な蜂蜜はいかが!)と、勧めて来た。

それを切っ掛けに、小蝶とMadamは、話し始める。

マ (何処から、いらしたの?)
小 (故郷千葉県の南房総です。小蝶と申します)
マ (そこから、直接こちらへ?)
小 (最初は、母の故郷宮古島。次は、沖縄県
  読谷村。次は、大分県日田。香川県小島。
  移動は、銀河Expressのお世話になってます)
マ (一人旅なのかしら?)

小蝶は、少しの間を置き、返事をした。

(房総から日田までは、クモ吉<ボディガード?>が、一緒でした。でも、彼は、日田で恋に落ちたの。瀬戸で家庭を築く事になりました)

Madamは、(それは、寂しいわね)と呟いている。
暫く考えていたが、パンと手を叩き、吹き抜けの天井に向って、(降りてらっしゃい)と、呼ぶ。
栃の木の柱に掴まり、じっとしていた、一匹のクワガタが降りて来て、カウンターに座った。

Madamは、クワガタのクワオに、(こちら、小蝶さん。アサギマダラの幼蝶です。まだまだ幼いから、貴方、ボディーガードに成りなさい)と、命令口調で話す。クワオは、渋々、(良いですよ)といった表情。しかし、内心は、(こんな可愛い子の!)と、満更でも無さそうな様子。小蝶に向い、(しっかりとエスコートします)と宣言した。

Madamは、小蝶が千葉県の南房総から来たと聞いたからだろう。次の様な話を始めた。

○このカフェの窓から、前面に川が、その背後には公園が、その背後には小山が見えるでしょう。あの小山は、約700年程前に、この辺りを治めた武士の城跡、篠脇城跡です。そして、公園は、昭和40年台に發掘された館跡です。

鎌倉幕府を開いた源頼朝は、幼少時代に、伊豆に幽閉されていました。が、隙を捉えて、海上を渡り、安房(南房総)に逃れたのです。周りは敵対する平家一色。そんな中で、物心両面で頼朝を支えたのは、千葉常胤。彼は、頼朝をして、父と言わしめた人物です。その功により、岐阜の地を与えた。五男が移り、以後、東と名乗ります○

Madamは、話を終える。そして、(その頃の話は、ここの並びにある神社の参道に、約700年程生きている、古樹栃の木に聞くと良いでしょう)と、続けた。それから、クワオに、(後で、小蝶さんを、案内して上げなさいね)と、促す。

今、小蝶とクワオは、深い黄緑色を放つ、苔むした石畳の上にいる。周りは、年輪を重ねた、杉、松、桜、等の樹木達。その中で、ひときは異彩を放っているのは、幹の太さが、7メートルにはなると思われる、栃の木の古樹である。周りには、春には、絶滅危惧種のセツブンソウの花が。今は、カタクリ、エンレイソウが咲いている。

下から、クワオが、古樹栃の木に挨拶をする。

ク (おはよう御座います)
栃 (おはよう。クワオじゃないか。どうした)
ク (アサギマダラの小蝶さんを紹介します。
  貴男に、聞きたいことが在るそうです)

二人は、(そんな所に居ないで、上まで登って来なさい)と、枯木栃の木に促され、昇ってきた。そこからは、晴れ渡った青空の下、飛騨山地の丘陵や峠が、遥か彼方まで拡がっているのが見渡せた。(まア!素敵)と、小蝶が、呟いている。

最初は、少し気後れしたのか、恥ずかしそうにしていた小蝶だが徐ろに話し出す。

○私は、千葉県、南房総の生まれです。先程、カフェのMadamから、鎌倉時代の始めから、十一代に渡ってこの地を治めた東氏は、千葉からこちらに渡ったと、お聞きしました。私事ですが、少なからず、縁を感じております。

そこで、貴方にお聞きしたいのです。

700年と言う、長い年月を生きて来られた中で、
心に残っておられる事は何でしょうか?・・○

最初、枯木栃の木は、思ってもいなかった質問に少し戸惑っている様子だった。が、暫し考えた後、徐ろに口を開いた。

○そうだなあ〜。最後の十一代、東常縁と二人の息子の事かもしれない。特に、二男の常和である。幼年期の彼とは、良く話をしたものだ。

こんな事があった。季節は、春爛漫。若葉茂れる、私の樹下で、一人の子供が、遊んでいる。彼は、様々な生命、例えば、昆虫、植物、魚、小動物、等を友としていた。その日も、彼は、何時もの様に、友達の蝶と話を始めた。

彼 (脚の状態はどうですか?)
蝶 (昨日よりは大分良いですよ)
彼 (今日も、花さんの所に連れていきましょう)
  
彼等の会話が、聴くともなしに、私の耳に入ってくる。このところの、彼等の会話から察せられるのは、こういう事で在るらしい。

⚪蝶は、南から北へ旅をしているアサギマダラである。どうやら、脚を怪我して翔ぶことが出来ないらしい。彼は、毎日この森に通って来ては、彼女の世話をした。手で優しく包み、密の有る花の所に連れてゆく。

何日かの看病の甲斐あり、蝶の脚は全快。
そして、彼に深く感謝しながら、次の目的地へと旅立って行った⚪

聴いていた小蝶は、(本当に良かったですね!)と、呟く。

この後、枯木栃の木は、暫く沈黙していたが、
ある事を思い出した様に話し始めた。

○あの頃、室町幕府の終焉と、戦国の始まリが進行。荘園制度の機能不全。地頭達の土着化、そこからの収入減少が顕著。

特に、眼に余る房総の現状。将軍足利義政は、その地に縁ある、幕府の奉行衆東常縁を派遣。彼は、息子を伴い、房総に進駐。

康正元年(1455年)から、文明元年(1469年)の事。

しかし、その間に、明智光秀の配下、斎藤妙椿に篠脇城を占領された。悲観した東常縁は、10首の和歌を斎藤妙椿に贈る。その歌に感激した妙椿は、城を返還した。尚、東常縁は、和歌の道に優れ、古今伝授の祖と言われている。

然しながら、篠脇城は、朝倉氏の攻撃により、再度、落城陥落の憂き目を見る。そこの千人塚は、兵どもの夢の跡○

枯木栃の木は、ここ迄話すと、また押し黙る。
その頃を、特に、深く広く色々な事に付いて話をした(常和)を、懐かしんでいる様である。

小蝶は、(常和は、その後、どうなりました?)と、尋ねる。

○奥州の雄である、芦名氏との間に太いパイプを造り、会津に渡る。そして、会津坂下に城を築く。そこで、初めて、(佐瀬)と名乗った。

歴史の事象は、負の遺産。存在するのは、それではない。在るのは、真摯に生きようとする命の精神(魂)。その視点を通して今が生きてくる。

これこそが、そなたが生きてゆく、鍵だ○

聞いていた小蝶に、爽やかな笑みが。




Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.