ゲシュ崩ログ 423 ニトリの洗えるランドセル
- カテゴリ:日記
- 2024/04/30 06:43:47
ニトリのランドセル欲しい。子供もいいな~欲しいって言っている。買いたい。でもランドセルって皮じゃなくてもいいのかな。名前がランドセルだからいいのかな。どうやらそこまで指定は無いからいいっぽいけど、なんとなく新しい事する最初の一人は怖いかなと思っている私。でも…
ニトリのランドセル、重量三割軽減。しかも洗える?
ランドセル持ってる子供みて、「絶対いつか重たいって言い出す」とそわそわしていた。できるだけ軽いもの、軽いものと探したけど十年も長持ちしそうな皮革製品はしっかりしていて、重たいのしかない。それはそれで凄い。でも小さい子供にかわいそうな重たさ。そこでニトリが軽量なランドセルをだしていた。三割軽いらしい。大きい。しかも撥水加工だから、雨天時のランドセルカバーのつけ外しが無い。子供が「じゃあ雨の日何もしなくていいの?すごいいいじゃん」と喜んでる。欲しがってる。私も、少しでも背中に背負う荷物の量を減らしてあげたい(笑)でもランドセル軽いの持ってっていいのかどうか、たぶん大丈夫なんだけど、臆病すぎて最初の新しい人になるのが怖すぎる。なんて私って、ダメな母親なんだろう。世間体を気にして、子供に重たいものを背負わせちゃうなんて…。軽いのが目の前にあるののに。
リュックタイプのランドセルにすると、洗えるというのがいい。カバンにパンとかいれがちな小学生。カバンが洗えるのは凄くありがたい。もうすでに汗かいてるの見ると洗いたいくらいだし。そう考えると、ランドセルっていうのも、旧態依然とした形骸化し始めた文化なんだなぁ~と思います。十二単がけして悪いとかそうじゃないし誉れ高き美しい召し物だとはいえども、普段着は着ないほうがいいよね。みたいな、そういうまつりごと的なものになり始めている、ランドセル。昔は、きっと皮革製品を持たせてあげるのが、親心だったのは、骨身に染みる感謝として理解できるけども、せっかく軽くなれる丈夫なリュックでもいいというなら、リュックを持たせてあげたい、令和の親心。なんと、現代は「セカンドランドセル」という言葉があるらしい。それですよ。ランドセルはなんとなくまつりごととして、やっぱり持たせる。それはそれで持たせる。でも普段づかいは、セカンドランドセル持たせたい。これが現代の最善の一番子供を思う親心だと信じてる。もしそれが違うという人がいたら教えて欲しい。皮革製品が貴重で丈夫だった頃に、子供に良いものを、良いものをとランドセル持たせた親心と、軽くて丈夫なものを、いいものを、と現代の親心も、同じ動きで動いているだけです。
もうちょっと様子みて、ニトリ買う
でも最初に常識を更新する人になる勇気はないので、たぶん、まだしばらくランドセルで通学。でもランドセルの指定があった記憶はないので、きっといずれ軽いランドセルにするのかなと思う。教科書やら荷物やら、どんどんきっと増えていくので、子供のほうが重たい重たいと言い出すと思うし、そうなったら私以外の親も、「軽いのあるじゃないの」っていう事に気が付いてくると思う。やっぱり、学校は楽しい場所ではないとはいえ、肉体をいじめて苦しむ場所っていう変態的な場所でも無いでしょうし。早いとこ子供のランドセルがリュックになっても変じゃない感じになって欲しいなと思いますよ。ニトリさんも、できれば学校に「リュックでもいいですよね」って許可をとってくれ~と願いますよ。へぇまったく。