Nicotto Town


どんぐりやボタンとか


夢 (2)

気がつくと、おれはそのまま海の上で浮かんだまましばらく寝ていたようだ。
空には夜になったばかりの新鮮な月が浮かんでいて、はるか上空をたくさんの色とりどりの龍が泳ぐように飛んでいた。

少し空腹で、のどがカラカラに渇いてる。
おれは海中に手を伸ばして果実をもいだ。
女性の頭くらいの大きさの、マンゴーのような形だけど艶めかしい紫色で、この夜空の美しく滴る漆黒から搾り取ったような色だった。
ガブリと齧ると、甘い果汁が口いっぱいに広がり、真っ白の果実はもちもちぷっつりとしていた。
この素晴らしく美味しい果物の味もまた、新たな記憶として、おれの頭に染み込んで行った。
おれはまた手を伸ばして、海中からどんどん果実をもいで食べた。
この果実には種がなくて、全部丸ごと食べれた。
4つも食べると腹いっぱいになって満足した。

あぁ~、、

おれは満ち足りた気持ちで声を出して、体を伸ばした。
それからまたゆるゆると眠りに落ちていった。








ピッ、、、ピピピピピッ、ピピピピピッ、ピピピピピッ、ピピピピピッ、ピピピピピッ、ピピピピピッ、、、







目覚まし時計が鳴って、目が覚めた。
朝6時。
ソファに寝ていた。
天井を見て一気に記憶が蘇る。
現実のおれだ。

今日、ロサンゼルスに出張に行くため、昨夜は夕食後に仕事部屋で遅くまで資料整理をしていて、そのまま妻の寝てる寝室へ行かず、仕事部屋のソファで寝たのだ。

ウィリアム・テリー、51歳、妻と二人の子供がいる。
7歳の女の子と、5歳の男の子だ。
おれはウォール街にある証券会社のオフィスで26年勤めて、重役になった。
重役になってからはもうオフィスに通う必要はなくなり、アップステートのイーストハンプトンに越したのは、5年前だ。
仕事部屋や書斎、子供部屋が二つ、寝室、客室、居間、ビリヤードなどができるプレイルーム、バスルームは寝室と客室に一つづつと、それとは別にもう一つ、バーカウンター付きの最新のキッチンと大きな樫の木がある素敵な庭とプールもある家を建てた。
ガレージにはアルファロメオとベンツのバンが停まってる。
1日に2~3時間パソコンに向かう程度の仕事で、週に2、3日しか働かない時もある。時間も金も潤沢にある自由な身分だ。

おれの仕事は主に判断と決定だ。
部下の取り次いだ案件を最終的に決定するのがおれの役割だ。
月に3〜5度、取引先に会うためにマンハッタンへ行くこともあるし、アップステートの家に招くこともある。

マンハッタンに行くと、決まって愛人の部屋に泊まり、次の日は夜まで愛人と過ごして、ディナーを食べてから家に帰る。
愛人には、アッパーイーストサイドに高級コンドミニアムを借りてやり、毎月仕送りもしている。
秘書が自動的に彼女の口座へ一定の額が振り込まれるように取り計らってくれた。
実はその秘書とも愛人関係にある。
二人とも、お互いの存在も知っているし、おれの家庭のことも知っている。
彼女たちは他にも恋人がいるようで、おれにとってはその方がありがたかった。
彼女たちとは肉体関係もあるが、同時におれに不足している何かを埋めてくれる。
彼女たちはおれに愛情を持ってくれていたし、おれも彼女たちを愛し、尊敬していた。
もちろん、おれは妻と子供たちを愛している。
おれにとって、二人の愛人は、庭や離れにある小さな隠れ家のようなもので、それは家庭だけでは満たされない部分だった。

毎週末は近所の旦那衆たちとスカッシュに行って体を動かした。
彼らもまたおれと同じように時間や金が自由になる立場の者ばかりだった。
銀行の重役や産婦人科の医院長などだ。
彼らとの付き合いは、スカッシュをしてビールを飲んだり、たまには家族ぐるみでフロリダやカンクンに旅行に行くこともあった。
しかし、ある一定の距離を保った代えの効く友人たちだ。
向こうにとってもおれはちょうど都合の良い友人だろう。

おれには何も不自由もないし、人生は不足なく十分に満たされている。

しかし、夢から戻って目がさめた今、何故だか、言い様もない虚無感があった。
まるでいつもの通勤路のマンホールが、なぜかその日の朝から唐突にぽっかりと蓋が開いていて、その得体の知れない暗い穴から流れ出したうすら寒い虚無感が全世界を満たしていくようだった。

それは今までに微塵も感じたこともない、想像したことすらない、とても深刻なもので、取り返しがつかない類いのものだった。
おれはそのことに、圧倒され、驚き、恐れ、ソファの上で、まるで実在する巨人でも見てしまったかように唖然としていた。

毎週末のお決まりのスカッシュとビール。マンハッタンの愛人の部屋と彼女の寝息。秘書の一流のスーツに包まれた格好の良いヒップ。妻の明るいジョークと子供たちへのプレゼント。子供たちが通う小学校と保育園の先生たちの温かな微笑み。部下たちの信頼と尊敬のこもった眼差し。家政婦のベトナム人のパンさんが週に2度掃除してくれる常に清潔なこの家も、ガレージに停めてあるアルファロメオとベンツのバンも。

何もかも、おれが欲しかったものではない。
ここには、おれが望んだものなど何一つ無い。
はっきりと、今は、はっきりと確かにそれがわかった。

若い頃は仕事に打ち込み、夢中で上を目指した。そして、念願の重役になれて、満ち足りた生活を送っている。今まで、自分の人生に一片の疑いも持ったことなんて一度たりとも無かった。
疑問など、頭をよぎりもしなかった。

おれは携帯を手にとって、秘書へ連絡を入れた。

申し訳ないのだが、今朝起きたら熱がある。どうやら風邪をひいてしまったようだ。
先方には誰か代わりのもの、そうだな、、ウィルソンを行かせてくれないか?

おれは妻にも同様の嘘をついて、今日は家にいる。と言った。
妻は心配して、卵スープを作るといったが、今は食欲が無いんだ。大丈夫。後で自分で作るさ。ありがとう。と断った。

一階でベビーシッターが子供たちを迎えに来て、出かける声が聞こえる。
妻はあわただしく階下へ降りていき、子供たちを送り出す声が聞こえる。
それから妻がおれの部屋にもう一度顔を出して言う。

いいこと、良い子にしてるんですよ!

妻はいつものいたずらっ子のようなチャーミングな笑顔でそう言って、おれのおでこにキスをして、仕事へ出かけた。
彼女は念願の夢だった小さなカフェを経営している。
そのカフェはおれが資金を出したものだった。
イーストハンプトンに越してきた時、愛する妻の夢のために、そう思って、おれは彼女に、出店したらどうだい?と、進言したのだ。

妻のベンツの出る音が聞こえて、家の中にはもう誰もいなくなった。

おれは生まれて初めて、自分の人生を観察した。
テーブルの上に並べてひとつひとつを手に取って検分するように。
おれは何一つとして道を間違えて来なかったし、自分の努力で望んだ通りの人生を手に入れた。
世間から見たら間違いなく成功者だし、自分でもそう思っていた。
全てが完全に満たされていると思っていたし、それが事実だった。


だけど、今、全て一変して、急速に何もかもが意味を失っていた。
おれが持っているのは、生きた色の抜けた灰色の人生だ。

おれはその事実に驚いていた。
なぜだかわからない。
自分の欲しいものは、今のおれの人生には何一つ無いことが本当の真実だった。
全ては不用品であり、全く何の価値も無いのだ。
その虚無の穴は、すぐに無限に拡大しつつあるブラックホールとなっていた。

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2024/03/08 23:19
べるさん、

ね〜、実際の話、NY ってお金があるところには本当にものすごくあるんだな〜、って実感することが多いです〜(^-^)
ちょっとちょーだい!って思います(^-^)
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2024/03/08 09:26
うらやましい限りの人生ですが、それはそれで人生がつまらなくなる、とか悩みはありそうですよね・・・仕事や生活に追われてる一般庶民からすると、本当に贅沢な悩みではあるんですけど(^^;
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2024/03/08 07:45
ロワゾーさん、

そうですね。
なんでしょう。。

また続きを載せますので、気が向いたら読んでみてくださいな。
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2024/03/08 07:44
ルルルのルさん、

そうですね〜(^-^)
おれもアップステートに住みたいです!
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2024/03/07 23:03
ウィル氏に不足しているのはなんだろうな。
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2024/03/07 19:50
なんだか、、、ものすごく贅沢三昧、、、w



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