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かきくけこのブログ。


ゲシュ崩ログ 400 子供がいう事きかなくなる事

子供はかわいいけど、私が育ててもいいんだろうか…と時々、迷ってしまう。虐待されて育った人は、「自分が子供を持ってはいけないんじゃないか」と感じるというけれども、私は虐待されたワケじゃないのに、自分は親としてダメなんじゃないかなと自信は全くありません。それでもやっぱり子供と離れるのはいけないようであります。


 昔、親に「この桃にほおずりしなさい」って言われた事があるんですよね。生の桃。生の桃って、ほおずりした事ある人いるのかいないのか知りませんけど、生の桃にほおずりしたら、物凄く痛いんですよ。ちっさいガラスが刺さったみたいな痛み。生の桃って、小さいトゲがあるので、肌に刺さるんですよ。ほおずりなんかしたら、頬っぺたのように柔らかい肌には、刺さるんですよ。だからものすごく痛い。

確か4歳とかの時、自分の親がわざわざ生の桃を買ってきて、私に「ほおずりしなさい」って言うまで、それ知らなかったので、「うんわかたーーー」って、素直に母親のいうことを聞いて、桃にほおずりしたんですよね。そしたら痛いのなんのって。痛いのが、1時間か半日くらい続くんですよ。風呂で洗ってもとれないし。

痛い痛い痛い…痛い…って痛い間「なんで…なんでお母さんはこんな痛い事させたの…???????」と謎だった。でもま、ちょっとしたジョーク、っていう事だったのでしょう。面白いじゃん?みたいな。親のこの極太のお笑い精神は、今も私に受け継がれてる気がしますね。お笑いのツボがハードというか。吉本でもやらんような流血スレスレというか。

でもま、笑いはさておき、桃にほおずりしなさい、って言ったあの日から、私は親のいう事を90パーセントくらい疑う事になったし、いう事を聞かなくなったという自覚がありますよ。親が子供に頼み事とかお願いとか相談とか、そういうスムーズに話が通じるようになる前提に、変な痛いこと言わないしないって大切な気がする。父親にしつけと言って殴られてた人の話とかきいてると、いくら何でもあとあと会話したくないみたいな、虐待された人の気持ちすごくよくわかる。まぁ、私は虐待されてないんだけど。


今親になって、子供はまだ素直にいうこと聞くけど、親が子供にいう事聞いてほしかったら、子供に「生の桃にほおずりしなさいよ」っていう言葉だけは、冗談でも言ってはいけないと思いますよ。いう事きかなくなるから。

冗談きついよ、と今では笑い話です。笑い、というけれども、私が自分の家をふりかえると、けっこうこう、本気で体当たりで、人生をかけて、我が家のメンバーは、自分の人生命すべてをかけて、お笑いにささげているようなところがあります。そういう面白いといえる家族の中で育ったから、私はたぶん、凄い泥の中でも生きてるような精神力というか、したたかさがあるのは、たぶん間違いないんだろうなと思います。笑いって、辛い人生にとっても必要だし、なんでも笑いにしてしまうという姿勢は、親からもらった財産の一つだとすごく感謝しています。

私もいつかふざけすぎて、いつかは子供にいう事聞いてもらえなくなりそうな気がしていますが、楽しんだもん勝ちなんだぞという強さは、子供も引き継いでもいいんじゃないのかなという気はします。




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