Nicotto Town


モリバランノスケ


老エゾマツの話・・その3

老エゾマツの話は続く。

<その時、若い男女が二人、沼を前にして佇んでいたんだ。彼らは、人目を忍びここ迄やって来た。親しい人達も知らない秘事である。二人だけになりたいとの思いが行き着いた恋路である。二人は、岩の陰で衣服を脱ぎ一糸纏わぬ互いの裸身を見詰め合う。この世に生まれて初めて異性に、それも相思相愛の人に、ありままの姿を晒す恥じらい。そこには、歓びに満ち溢れた沈黙がある。

それから、二人は、岩場に出来た湯溜まりに体を沈める。そして、身も心も安らぎを得て仲よく並んで沼を泳ぎ始める。音もたてず静かにゆったりと進んで行く。向こう岸は僅かだが草地になっており、二人はごろりと仰向けになって空を見上げる。心地良い疲労感が巡る肉体に夏の太陽が燦々と降り注ぐ。遥かに吹いてくる微風が爽やかだ。夏雲がぽっかりと浮かんでいる。何処へ流れていくのか。二人は、瞼を閉じる。泳ぎ疲れたのか、ウトウトし、浅い眠りに誘われる。若者は、うたた寝の中で夢を見た。

場所は、周囲を深い木立に囲まれた、寺院の建築現場。各地から集められた大工衆が働いている。男は、その中の一人だ。屋根の普請をしている。近くの満開の花を戴いた桜の木の下で、娘が建物の見事さに息を凝らし、眺めている。男は屋根の上から、春の陽気に萌える、娘の美しさに一瞬釘付けになる。

若者は夢から覚める。そして、少し身を起こし陽光に輝らされて神々しく光り、ビ−ナスを連想させる、娘の美しい横顔と乳房を見つめた。>

老エゾマツは、ここまで話すと、フゥゥゥと、一息ついた。そして、昔を懐かしむように、呟く。<私も、若かった。ドキドキしながら、二人の幸を見守っていたヨ>。私は(その後、彼等は、どうなったのですか?)と、質問する。

<その後、若者は経験を積み、宮大工の名工道を登りつめた。いくつもの、素晴らしい寺院の建立に関与し、今でも、天災人災の風雪に耐えた、彼の技を見ることが出来る。二人の仲は仲睦まじく、何人もの子宝に恵まれたんだ。>




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