仮想劇場『ただ高く澄み切った空に』
- カテゴリ:自作小説
- 2023/12/25 09:36:04
僕が『寂しい、』というとキミはちょっとだけハニかんで、ただ白いだけのノッペリとした部屋の壁に誰も描いたことのない女の子と男の子の絵を描いた。
それは誰と誰の事かねと僕が問いかけるとキミはまたハニかんで、『そんなの私が知るはずがないよね?』と僕を突き放す。二人の対話はいつもそんな感じで付かず離れずで、哀しいといえばとても哀しいし、程よいといえばそれで程よい。もしかしたら冒頭の僕は、それを『さみしい』と位置付けてしまったのかもしれない。
それからキミはそっと窓を開けて小さなベランダに上半身だけ乗り出し、『ほら、一緒に見ようよ!』って、今朝から物干し竿に下げられたままヒラヒラと晴天の風に舞う二人の下着を指さした。それは清々しくも潔い水色と黒で、これまた僕らのように付かず離れず、時折互いの断片を叩きあったり、時折互いの真ん中を絡めあったり。
僕らはそれをずっとおやつの時間まで眺めていたわけで、ベランダの床にただただ寄り添って頬杖をつき、いまだ充足しない自分たちの人生について少しづつ少しづつ語り明かし時を握り潰した。
『寂しい、と淋しい、は全っ然ちがうよね?』
やがてキミはそういうと床の抜けそうなベランダにすっと身を投げ、澄み切った空にエールを送る様にただただニギニギしく踊りだす。
僕はそのさまをじっと頬杖を突いたまま見上げていて、そしてなおも風に棚引く二人の洗濯された下着と同じように君の躍動の中で翻るスカートの淵輪を眺めて過ごした。
これまでの人生で僕は『淋しい』という言葉を使わなかった。僕の知らない言葉だったからだ。キミが教えてくれるまではただ漠然と『さみしい』は『さみしい』だったし、その中にある感情もまた、『たださみしい』という抒情的領域を超えなかった。対してキミは僕にむかってちゃんと『淋しい』を表現してくれる稀有な存在であり、僕の心の中の侘しさをいつも鼻先で悪戯に笑ってくれる優しい輩だ。
あ、この話に別段オチなんてないよ?
ただ今のそういう心情を僕なりに語ってみただけー。