Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー139

石橋は一人窓に佇んで考え事していた。
そこへドアがノックされた

「梶です 只今戻りました」

「はいれ」

窓の方を向いてた石橋は椅子に戻り座りなおした。
「ご苦労だった」

机の前まで来た梶は報告書を差し出して 石橋が読み終わるまで待った。
報告書には 買い付けの顛末から 紐育クラブの話という構成だった。
要点よくまとめられているので 今回の概要が飲み込めた。

「お前が絵を描いていたのか?」

「はい」
「なるほど 色々ピースが嵌まるな」

報告書をまとめると机の右隅に置いた。
石橋はしばらく思案したが重い口を開いた。

相変わらず無駄口は無い
「この機に乗じてシュルツを確保したい」

と石橋はラペルピンを触りながらそういった。

梶はラペルピンの秘密は知らないが 石橋はシュルツに異常な執念を持っていることだけは分かっていた。
梶にも 石橋とシュルツとの過去の接点は分からないが・・・

「幸い 今 東京は大騒ぎになっている 田中も神戸どころではない」

「確かにあの爆破事件で大騒ぎになっていますね」

「紐育クラブの方は もみ消しには成功したようだ」

「思った以上の仕事を例のルポライターがしてくれました」

「あっはっは そうだな ところでシュルツを確保するのはどうだ」

梶はしばらく考え込んで
「シュルツは桜に興味を持っているようです」

「ほう 餌か」

梶は右の口元で 二っと笑った

「奴には死を2度経験させたい」

「と言いますと?」
珍しく梶が質問する

石橋はラペルピンを右手で握りしめながら しばらく目を閉じた。
数分が経った頃 石橋が重い口を開いて
「あれは・・・   儂が外人部隊に行く前に沖縄に住んていた」

梶は静かに聞いている
「家内と息子の3人暮らしだった」

ゆっくりと記憶を振り返りながら

「ある時 シュルツは基地の司令官として着任してきた」
「・・・」
「奴は 部下数人と・・・」
言いながらラペルピンをギュウっと握りしめ

「くそが!!」

絞り切るようなうめく声で言い切った。
梶はその惨劇が分かったような気がした
黒く大きな淵 初めて石橋の人間に触れたように感じた梶は

「わかりました シュルツに2度 死の恐怖と味わってもらいましょう」

「但し あくまで事故死だ やり方はお前に任す 下がれ」

梶は 頭を下げ 部屋を出て行った。

ドアが閉まると 石橋は回転いすを窓の方へ向けた
あの時 妻と息子の仇をと誓ったが 基地司令官では容易に近づけない現実があった
もちろん警察も動かなかった
自暴自棄になった石橋は 毎日浴びるように飲んだ
そんなある時 バーで出会ったある男に話しかけられた。
その男 そのバーで時々顔は見たことがあった。
隣のスツールに座り 「スコッチ ダブル」とバーテンに頼むと石橋の方へ顔を向け切り出した。

「荒れてるな やっぱり奴をやりたいか?」
「なぜそれを知ってる?」
「この店に来るたびに見てたらわかるさ」
「・・・・」
「で 一つ提案だ あんたは憎しみだけでやれると思ってるかもしれんが それは無理だ」
「なんだと?」
「まぁ落ち着け 具体的に考えてみろ あんたなら考えられるはずだ」
静かにそう言う

石橋も酔ってはいたが怒りだけでは復讐は無理だというのは分かっていた
それが自分自身にも怒りが向く
「畜生 畜生」
不甲斐ない自分に何度言ったことか

「で 一つ提案だ おまえさんの怒りをテクニックに変えてみないか?」
「テクニックだ?」
「そう 奴をやるためのテクニックを磨くんだ」
「そんなことができるのか?」

男はフフッと笑って1枚の紙きれを出した
それには 契約書と書いてある

「外人部隊と言うのを聞いたことはあるだろう」

石橋は映画で見たイメージしかないが 精強な軍隊と思っていた

「このまま飲んだくれて一生を終えるか 入隊してチャンスを待つか 二つに一つだ」

「それから 今回が最初で最後だ 二度と声はかけない」

石橋は一瞬思考が停止した

心の中で「こんなチャンスはない」と囁く声が聞こえる
このままの人生いつかは朽ち果てる なら この話に乗ってみるか
逡巡してると 男は時計を見ながら

「さて時間だ 決まらないなら ボチボチ失礼しよう」

そういうと バーテンにチップもだと1万円札を渡す
「ちょっと待ってくれ お願いだサインさせてくれ」

あの時もそうだった 転がり込んできたチャンス
図らずも運命の導きか 悪魔の誘いか
石橋はこの誘いに乗った

口をへの字に曲げたその頬には 涙が伝った





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