Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー137

「バイク便でーす」 
入り口のドアが元気よく開いて、いつものバイク便の配達員が、少々かさばる荷物を持って入ってきた。 

「ああ」 編集長は事務所に自分しかいない事に気付いて、受け取りにサインする為に入り口に向かう。
出版社の従業員は、大抵日中は全員出はらっていて、編集長が一日事務所にこもっている事が多い。 

「ごくろうさん」 
荷物の差出人は、知り合いのカメラマンになっている。写真の山でも入っていそうな重さだ。
梱包を解こうとしているところに、おっしょはんから電話が入った。 

「お、伝言かい?」 
おっしょはんは昼ごろに出版社に寄るはずだった犬飼が、ひろみを迎に行くので行けなくなったと言った。 

「そうか、やっとひろみくんが帰ってくるんだな。」 
それでは昼の約束をドタキャンされるのも仕方がない、と納得していると、 

「お昼のデート、振られたわね。」 
おっしょはんが笑う。 

「なんなら、私が空いているわよ」 
と、昨夜の約束を引っ張り出してきた。 

「はっはっは・・・」 
編集長は大声で笑ったものの、無性に昨夜の話をしたくなってきて、 

「そうだな、じゃあ、今から迎えに行くよ」 
と、腰を浮かせた。
洗面所で髪を撫で付け、いそいそと階下に降りる。
エレベーターのドアが開いて、ホールに一歩踏み出した時、 
『バシャーーーン ドンッズン』 
頭上で鼓膜を破らんばかりの爆音がした。ホールの証明が消える。 
「きゃーーーっ」 
「あぶない・・・」 
外から悲鳴が聞こえてきた。 

爆風で割れた窓ガラスや、コンクリート片が音もなく降ってくる。
ちょうど爆発音で上を見上げた瞬間それらが下の歩行者たちを直撃する。
見上げた人の視界にキラっとガラスの破片が光ったかと思うと顔と言わず肩にも刺さる。
割れたガラスが一瞬にして凶器と化した瞬間だ。 痛いと手で押さえるとなお深く刺さり 出血で手まで真っ赤に染まる。
隣ではパニックになって両手で顔を抑えて転げまわる人もいる。
転げまわると 背中により深く破片が突き刺さる。
冬ならまだ厚いコートでダメージは少ないが、この時期の薄いTシャツでは防げない。
しばらくすると上半身血まみれで 力なく両腕をだらりとさせて少しでも現場を離れようとする人も出てくる。
ゾンビのように力なく彷徨う
三菱重工爆破事件のような阿鼻叫喚の惨劇となった。
「火事だぞ!」 
誰かが叫んだ。 

上を見上げると、窓が全て吹き飛んだ7階から黒い煙がもくもく立ち昇っている。
火災警報が鳴り響く中、ビルからは煙に追われた人々が飛び出してきた。
消火スプリンクラーでぐしょぬれになった編集長も、その中にいた。 
「なんてこった・・」 
呆然とビルを見上げる。
さっきまで自分のいた事務所の窓から噴出す火の手を見つめながら編集長は背筋が凍る思いがした。 
「まさか、さっきの荷物が・・・爆弾だったのか?」 
近づいてくる消防車のサイレンの音が聞こえる。 

ひとしきりガラスの落下が終わって漸く倒れている人を助け出そうとする男達が出てきた。
一人二人と駆け寄ると助け出そうとする。
周りで見ていた人たちもそれに習ってだんだんと救助しようとする人数が増えていった。
編集長は人を助け起こそうとしている男達の中に、どうも怪我人の顔をいちいち確認している男が数人いる事に気付いた。 
「やつらだ・・・ 」 
彼らが探しているのは他ならぬ自分の事なのだ。編集長はじりじりと路地から裏通りへと後ずさりして行った。 

おっしょはんはテレビをつけっぱなしにして急ぎの仕事に熱中していたところニュースの時間に
「さきほど都内の出版社で爆発事故が・・・」
その言葉を聞きとがめて
「あらっ 出版社?」
手を止めてテレビのニュースに聞き入る。
「あら編集長の出版社かしら?」
おっしょはんの動きは普段のおっとりした動きと違って素早かった。
すぐに出版社に電話をかけて確かめると、やはり話中だ。
いったん電話を切り消防署に電話をかけなおした。
しばらく話中だったがつながると現場の住所を聞いた。
予感は的中していた。
受話器を胸に抱いたまま
「やっぱりそうだったのね・・・。もう手が回ったのね。もうすぐ犬飼さんが来るけど・・・」

ワンブロック先の公衆電話ボックスに駆け込んだ編集長は震える指で電話をかける。
すぐに相手が出た。 
「俺だ、やられた」 
電話の向こうで短い反応があった。 
「早いな」 
しかし、相手に驚いた様子はない。 
「どうやら親玉が帰ってきたようだ」 
「そうか・・・。じゃ打ち合わせどおりのホテルで」 
「わかった」 

電話は切れた。
保険をかけておいて正解だったということだ。 
「おっと、もう一軒」 
編集長はおっしょはんに電話を入れる。
出版社襲撃を知らせると、さすがのおっしょはんの声も、震え始めた。 
「とにかく、犬飼から連絡が入ったら、無闇にうろうろするなと伝えてくれ」 
「わ、わかったわ」 
「仕方ないので、ランチはまたってことで許してくれ」 

あきらかに、動揺しているおっしょはんを元気付けようとして明るく言う。
その言葉を最後に受話器を置き、編集長は通りに出てタクシーを捜した。
 門前のトラック事故の報告が倶楽部から神戸の田中に届いたのは夜も白々明けの頃だった。
さすがに、紐育クラブ自体の騒ぎは収まってはいたが、間の悪い事に、田中の元には客からの苦情の方が昨夜のうちに届いていた。 

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2023/10/28 22:43
爆発は起きるし、大丈夫なのかしら??
ひろみさん早く帰ってきて~!!




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