「契約の龍」(123)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/10/25 02:54:56
「なかなか興味深い解答を聞かせて貰いました」
クリスの口頭試問を終えた後、学長が二人を見比べて言った。
「早い復学を期待していますよ。あと、無期限休学の叔父上も、できれば復学していただけると嬉しいですけどねぇ」
無期限休学…そういう扱いになっているのか。つくづく、「ゲオルギア」には甘い学校だ。
「心に留めておきます」
そうして、学長は、セシリアを連れて戻っていった。くどいほどレポートの提出期限に念を入れて。
「…さて、引っ越しだな」
クリスがひとつ伸びをして、踵を返しながらつぶやく。
「引っ越し?」
「うん。いつまでに滞在になるか判らないのに、客用寝室を占領している訳にはいかないから、物置にできる部屋を空けてもらった」
「物置、って…」
それは、「たくさん余ってる部屋」になるんじゃないのか?事によると。
「ポチは連れて行けないからね、アレクは今の部屋にいてもらえる?」
「…何で判った?あの人形が残ってるって」
「何で、って言われても……」
クリスが首を傾げて考え込む。
「ポチの気配が近いから、かな?…いつも感じる訳じゃないけど、ここ二・三日、妙にポチがまとわりつく感じで、それが離れないから」
呪陣の中に封じられているのに、気配が感じられる?
…いや、あれは随分他の幻獣と違うところがある、と聞いたばかりだし。
「悪いけど、しばらくの間、ポチの散歩とえさ、お願いするね」
「あ、…ああ、時々外に出してやって、「いい子いい子」って誉める、んだっけ?」
「名前も読んでやってね」
「名前っ!?」
俺が、呼ぶのか?人形に向かって?
「ちびちゃんとポチとリンちゃん、以外で」
「……リンドブルム、じゃダメか?」
「ダメとはいわないよ。ただし、呼び方がぶれないように」
「……学院の課題より厳しい気がする…」心理的に。
「だって、これは実習じゃなくて実践だもの」
「…なるほど」
「課題、っていえば…レポートの進捗具合は、どうなの?…っていうか、持ってきてるの?」
「それはまあ、模範的な学生を目指している身としては。…そういう、クリスは?」
「……だから、私は、これが何とかできるなら、卒業には拘らない、って」
「…じゃあ、今回の片がつけば、学院には戻らない、ってことか?」
「んー……スポンサー次第、かな」
「スポンサー?」
「父なり祖母なりがちゃんと卒業しろ、っていえば復学するけど。…そもそも、ちゃんと戻って来られるかも、怪しいしね」
クリスが、らしくもない弱音を吐く。
「今からそんな弱気な事言っててどうする?」
「…だね」
にもかかわらず、俺を頼って来ないのが、少し寂しい。
部屋の前まで戻ってきたところで、つい口に出てしまった。
「…なあ、俺は当てにしてもらえないのか?」
クリスがまじまじと俺を見上げる。
「…してるよ。たぶん、誰よりも。ただ…」
そこで言葉を切って少し考えるそぶりを見せる。
「…相手がしぶとそうなので、温存してるだけ。何しろ、「説得」だから」
温存、て…
「祖母は、私の知る限り、あの「龍」がクレメンス大公に施しているような事ができる唯一の人なんだ。でも、長くても春までしか居られない。世の中に魔法使いはたくさんいるから、探せば他にもできる人はいるかもしれないけど、心当たりがない」
「…そんなに、かかるのか?」
「それは、判らない。龍の聞きわけが良ければ、数時間で済むかもしれないし」
「…でも、そんな見込みは少ない、と思っているんだろう?」
「でなけりゃ、わざわざ祖母を呼んだりしない」
そう、溜め息をつきながら言って、ドアを開ける。
「……入る?引っ越しでえらい事になってるけど」
…それは、手伝え、という意味だろうか?荷造りするなら、人手は要るだろう。そう考えて中に入った。
その考えは当たっていた。
というよりも、想像以上の惨状だった。セシリアの荷づくりで、ある程度の衣裳の量は覚悟していたが、一着当たりの布の使用量と、そもそもの衣裳の数が違う。
「王妃は絶対私より衣裳持ちのはずなんだけど……どうやって管理しているんだろう…?」
両腕にドレスを抱えて、クリスがため息をついた。
新年の一日目は、そのようにしてクリスのドレスの整理で暮れた。
途中で専任者の協力を仰がなければ、その日のうちには片付かなかったと思う。
さすがに、専門家のところには、便利な道具があるものだ。
人形に話しかけるアレクさんw