Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー127

紐育倶楽部の正門から少し坂を下ったことろにある公衆電話の陰で編集長がタバコに火をつけた。一瞬ライターの火で顔が浮かび上がり、すぐに消えてあとに赤い穂先が小さくゆらめいている。
左手を上げて夜光時計を見る。11時44分。
「そろそろ打ち合わせの時間だが・・・」
そう呟いてもう一度深くタバコを吸い込む。
編集長の後ろの方からトラックがやたらとガゴンガゴンと音を立てながら坂道を上がって来る。
荷台には鋼管がうずたかく積まれているが、どうもバランスがよくない。
「あぶねえなぁ、 荷が緩んでる」
編集長はトラックをやり過ごす為に、道路わきの塀に身体を寄せた。
「ん?」
自分の前を通る時に、トラックの運転手が左手を上げたような気がしたのだ。
見ていると、トラックはそのまま坂道を登りきって紐育倶楽部の正門の前をゆっくりと通り過ぎていく。
時間は11時45分ジャストだ。
「いまのがそうか?」
しかしトラックは通り過ぎただけでいっこうに何も起こらない。
「ちがうのか・・・」
あきらめて、また坂の下に編集長が顔を向けたその時
『ガォー ガリガリガリッ ガーーッ』
大型車特有のダブルクラッチの音だ
続いて、
『ゴォッ ガリガリ ゴクッ』
今度はチェンジの入る音が聞こえてくる。
編集長は思わず道に飛び出し、音のするほうに数歩踏み出した。
大型トラックはフラフラしながら右に左にハンドル切っている。
グワラングワランと後ろの荷がゆれている。
「新だ!」
編集長がそう直感した瞬間、トラックが急右折をかけ、反動で、後ろの荷が崩れだした。
ブッとワイヤーが切れ鋼管が一斉に雪崩打つ。
バランスを失ったトラックは荷台のほうから傾きゆっくりと倒れていった。
『ガラガラガララーン ゴオーーンガラガラガラーン』どどどっという地響きと鋼管があたって響き渡る音。
何十もの釣鐘が一斉に鳴ったかと思われる程の大音響だ。
「ははっなるほどな!やってくれるぜ」
編集長は笑うと、走りに走った。
「くそっ はぁ はぁ」
坂道がくるしい。
日頃の運動不足を今更になって後悔する。
周りの家々からは、騒音の原因を見に、人がわらわらと出てきはじめた。
「なんだなんだ 今のは?」
「事故か?」
編集長がぜいぜいいいながら正門にたどり着いた時には、かなりの野次馬が、トラックの周りに集まってきていた。
電話を掛けに、家の中に駆け込む人間もいる。
トラックは道路に銅管を撒き散らし、ちょうど倶楽部の正門を塞ぐ形で横転している。
「こりゃあ、パーフェクトだ。」
派手な事故を起こす事で、近隣の住民をここに総出せしめた新の気転が編集長には小気味よく思えた。
「火は出ていないぞ」
「110番はしたぞ」
誰かがそう叫ぶ。
それに安心したのか野次が飛ぶ。
「運転手は何やってんだ、ばかやろー」
「居眠り運転か?」
「あぶねえなあ」
口々に叫びトラックの周りに群がった。
「運転手は?」「いねーぞ!」
「どっかに放り出されてないか?」
すばしっこい奴が割れたフロントグラスの中に首を突っ込んで運転席を覗いている。
紐育倶楽部からも黒服の男たちが出てきた。遠巻きながら様子を見ている。
「いねえなあ・・・」
とその時荷台の方で『ボン』と大きな爆発音がし、火の手が上がった。
「火が付いたぞ!」
慌てた住民達が次々に飛び下がり口々に
「火事だ~~」
「逃げろ~~」
「消防署だ~」
と騒ぎ出した。黒服たちも一瞬ひるんだが一度中へかけ戻り消火器を持ち出してくる。
門の横のくぐり戸が開いたままなのを編集長は見逃さなかった。
『いまだ・・・』編集長はまんまと塀の中へ入り込んでしまった。





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