刻の流れー47
- カテゴリ:自作小説
- 2023/03/07 22:24:40
公衆電話を公園の脇に見つけ犬飼は10円玉を数枚握り締めて車を降りた。ひろみの部屋にかけるのはもうこれで5回目だ。犬飼は焦っていた。さっきセーフハウスからひろみの仕事先に電話をすると、今日は熱があるから休みたいとお兄さんから電話があったと言う。もちろん、ひろみには兄などいないし、自分以外にそんな親しい男友達がいるとも考えられない。
「今度はでてくれ・・・。」
ダイヤルを回し、コールを待つと、今回は一回で相手が出た。
「0101」
「・・・・・」
犬飼は慌てて受話器を置いた。それは、相手が暗号に答えなかったからではない。受話器から聞こえてくる気配はひろみの息づかいとは違っていた。直感だ。犬飼の呼吸が乱れて肌がざわつく。
「ひろみにまで手が回った・・・」
車に戻りエンジンをかけた犬飼は両手をハンドルに持たせかけた。
「ひろみ・・・」
佐竹たちを問答無用で始末したあいつらの手際のよさを考えると、彼女がどうなったか、答えは自ずと知れている。犬飼は車をゆっくりとスタートさせ、Uターンしてセーフハウスのほうへのろのろと走り出した。頭の中をひろみの顔がよぎる。1ブロックほど戻った所で、犬飼は急ブレーキをかけた。
「あいつがそう易々とやられるものか。」
犬飼は、焦る気持ちを抑えて、頭の中を整理し、状況を判断しようとした。昼間会ったひろみは入ってくるなり情報屋のことを話し始めた。その時すでに情報屋の死と俺の身の危険を結びつけていたということは、誰かが入れ知恵をしたにちがいない。つまり、電話にしろ、直接尋ねて行ったにしろ、その誰かは午前中まだ自分の部屋にいたひろみにコンタクトを取ることができたたということだ。ひろみは利口な女だ。あいつなら、危険と思えばすぐに身を隠すぐらいのことはするはずだ。あいつなら・・・
「くそ・・・」
犬飼は、ひろみが取ったであろう行動を必死で推測した。危険が近づいていると感じた彼女が悠長に一旦うちに戻り仕事に行くだろうか?
「俺のスタジオの方が可能性があるかもしれない・・・」
そう頷くと、犬飼は車を左折させ、高円寺に向けた。
スタジオのあるマンションから2ブロックほど離れたところから、犬飼は裏通りに入り込んだ。小さな公園の脇に車を停めると、スタジオに向かってそろそろ暗くなり始めた住宅街を走る。マンションの影が見えてきた。右手のタバコ屋に公衆電話がある。犬飼はそれに飛びついた。10円玉を入れるのももどかしい。自分の部屋のダイヤルを回す手がふるえる。
『早く、早く』
と、頭の中で唱えるが、呼び出し音がずっと鳴り続けるだけだ。
『やはり誰もいないのか?それとも・・・』
頭に血が昇る。部屋まで上がって確かめるしかないと、一歩踏み出したその時、守護天使が囁いた。
『もう、間に合わん。もどれ・・・』
「くそっ」
犬飼は、頭を振った
「あんたに初めて逆らうぜ!」
決断は早かった。犬飼は守護天使と手を切ったのだ。犬飼は素早く周りに探りを入れると呼吸を整え、平然とマンションに向かってゆっくり歩き始める。そうしながらも鋭い視線は忙しく周りに注がれていた。普段見かけない車はないか、見張りらしい人間はいないか・・・街並みはいつもと変わらず、平和そのものだ。あの角を曲がればすぐにマンション前の道に出ると緊張した時、
「犬飼クン。」
不意に後ろから声をかけられた。