刻の流れー26
- カテゴリ:自作小説
- 2023/01/03 16:52:16
退院から2週間後、その日、要は原田に連れられて、病院へ再診に行った。自分が肥ってしまった事を石橋に報告したことで原田を逆恨みしている要は、原田が何を言っても口をきこうともしない。原田とだけではなく、要はこの2週間ほとんど誰とも口をきいていなかった。朝、食堂に朝食を取りに行くと、そのまま5階のビデオ室に篭って夜まで出てこない。店が開店して、他の大人たちが忙しくなる頃を見計らって、ようやくジムに足を運ぶ。上半身と動く左足の筋トレに汗を流し、部屋に引き上げるという生活パターンになっていた。
病院ではレントゲンを撮った医者が要の快復ぶりに満足し、ギプスをはずすことに同意した。長い間動かさなかった右足は、筋肉がみごとに落ちて、左に比べて極端に細くなっている。医師は、まずはかたまった関節を動かす事から始め、徐々に、無理のないようにリハビリをするよう指示した。一ヶ月ぶりに使う右足は、まるで人の足のようだ。体重をかけると、足首が悲鳴をあげる。ギプスが取れたといっても、当分松葉杖無しでは歩けそうにもなかった。それでも、ギプスが外れたのを、要は単純に喜んだ。またバイクに乗れる。そう思えたからだ。
「バイク・・・」
あんなに好きだったバイクを、俺はもう1ヶ月も触っていない。要は自分のCBX750Fがどうなったのかまだ知らないでいた。飛ばされたバイクが無傷のはずは無い。
「ガレージに運び込んであるなら、早く修理してやらなければ・・・。」
「でも、フレームまでやられていたら・・・。」
要は事情のわからぬまま、あれこれ思い巡らせた。原田に聞けば簡単なのだが、自分から原田を避けているせいでガレージに近づく事ができないのだ。、
2週間前から始めた梶の仕事は苦痛以外のなにものでもなかった。18歳の要に裏ビデオを何時間も無理やり見せて、内容をまとめてレポートを書けというのが普通のはずがない。最初は面白いことをするものだと思わないでもなかったのだが、さすがに延々と見ていると飽和状態になってきて遂には反吐が出そうになるものだ。要にとって、もうそれは拷問と言うにふさわしかった。
何もしたくない、誰の顔も見たくない。俺の事は放っておいてくれ。欲求不満の捌け口が見つからないまま、目的の無い毎日を過ごしている要だった。
「一日も早くここを出て、自由に暮らしたい。」
病院で浮かんだこの思いが、要の中で日を追うごとに強まっていく。
頼れる知り合いはアキラ達しかいない。要は機会を見て「これからの生活」について彼らに相談しようとは思っていたが、どう説明すればよいのか解らないでいた。とても本当のことを言うのは、はばかられて口に出来ない。
三宮の高級フランス料理店が、実は盗賊団の隠れ家などと言って、誰が信じるというんだ。例え、信じたとしても、要よりも数段世間ずれしているアキラ達のことだ、
「そのほうがええやん。何も苦労をすることあれへん。」
と一刀のもとに切り捨てられるかもしれない。
彼らは自分たちの生活ギリギリの線を超えてまでバイクにのめり込んでいるのだ。腹が減っていても、金をガソリン代に回して少しでも早く走りたい、少しでも早く世間に認められたい、そう考えている。認められさえすれば、スポンサーが付いていい暮らしができる。良い家に住んで、良い女を抱いて、良い酒を呑む。男の考える事など、5万年前となんら変わらないということだ。そんなアキラ達に、要の心の葛藤を解ってもらえるだろうか。今、自分のいるところを大事にしろ。そんなアドバイスが羨ましさとともに言われるのが落ちかもしれない。
それでも、要は、諦められなかった。誰がなんと言おうが、もうたくさんだ、自由が欲しい。完全に自分の殻に閉じこもってしまった要は、ほかには何も考えられなくなっていた。