刻の流れー22
- カテゴリ:自作小説
- 2022/12/24 21:44:09
事故から一週間、要は少し顔がふっくらとしてきていた。それは、普段の運動量をこなしていないせいだけではない。アキラ達の働く飲食店が要の病院に意外と近く、3人が入れ替わり立ち代わり差し入れを持ってくるのだ。病院食はカロリー計算をしているのでどちらかといえば痩せて退院する人が多いと言われる。つまり育ち盛りの患者には量が全然足りないということだ。アキラ達は要の為に店の余り物を集めてはせっせと運んできては、ついでになんだかんだと世間話をしていくのだ。友達とわいわい騒いで取る食事は楽しいものだ。自然と要は必要以上に食べるようになっていた。
しかし、アキラ達が出て行って一人になると、要の頭の中では焦リだけが渦巻いていた。骨折の経験のあるアキラが、いずれにしろ動かなくては何も出来ない。そのためにはリハビリだし、食べなくては駄目だと言っていた。もちろん要は、早く歩きたい、バイクに乗りたいの一心で一日も早くリハビリを始めたがったが、医者はこれを認めない。一体どうなっているんだ?店から誰も来ないというのも、要には納得できない。入院して一週間になるのに、店からの見舞いは最初の日に興津と原田が来たきりだ。その事が、要を一層不安にさせていた。大体、店のやつらは自分の事を心配してくれているんだろうか?
「俺の事を気遣ってくれるのは、アキラ達だけだ・・・」
要は石橋たち4人に対してますます、心を閉ざしていった。
そんな原田が要の病室を訪れたのは、それからさらに2日後だった。要は10日ぶりに見る原田の顔に喜びよりも、憤りを感じた。あれだけ自分は慕っていたのに今頃まで、ほったらかしにされたと、ムカついたのだ。
原田は実際には、病院には毎日足を運んでいた。担当医に会い、経過を確認する。その都度、病室へも足を運んでいたのだが、廊下まで届く要とアキラ達の笑い声を聞くと、そのまま会わずに帰っていたのだった。ただ、今日は担当医から、退院の予定と、ようやくリハビリ開始のOKが出たことで、要の顔を見たくなったのだった。
「よう、どんな様子だ?」
原田はいつもの屈託の無い笑顔で話しかけてきた。
店の情報が何も無い状態で苛ついていた要はこの明るさがかえって気に入らない。心に渦巻く不安がそうさせているのだ。要は黙ったまま窓に目を向けた。
「先生が、来週には退院できると言っていた。よかったな。」
原田は、構わず続けた。
「・・・それと、来週は、御影のヤマだが、お前はリハビリに専念しろ。」
原田はたかか骨折だと思っている。仕事の心配などせずにさっさと治すことに専念しろと言いたかったのだ。それに対して、初めての事故、怪我で、動けない要は、不安とあせりで、人生はもう終わったような感じさえ抱いていた。
それは、2人の間の温度差だった。原田が気を遣った言葉でさえ、今の要は冷たい言葉だと思ってしまう。確かに事故ったのは俺が悪いのかも知れない。しかしもう少し仲間としての労わりは無いのか。役立たずには用は無いはって事か?そう思うとアキラ達のほうがよっぽど親身になってくれてるじゃないか。要はどんどんアキラ達の方へ心が傾いていくのだ。
何を言っても返事をしない要に原田もようやくあきらめて、部屋を出ようとしたところに、看護婦が入ってきた。看護婦と二言三言、言葉を交わすのをぼんやり見ていた原田は要の10日前と今の決定的な違いに気が付いた。看護婦が出るのを待って聞く。
「・・・お前、太ったのか?」
要は、はっと、目をあげた。正面から見ると、明らかに頬の線が丸くなっている。
「くそ・・」
原田は思わずうなった。肥ってしまっては興津の補佐は無理だ。もう足腰の問題ではない。身体が大きくなった分、今まではスルリと抜けられたところが抜けられない。ある意味役に立たないのだ。ほかの事で頭が一杯で自分の体重の増加に気付いていなかった要も、原田の舌打ちの意味がやっとわかった。
興津が言っていた、
「肥るな。」
という一言が頭の中でこだまのように聞こえる。
「出て行ってください・・・。」
要は搾り出すようにこう原田に言った。
「もう俺には帰るところがないかもしれない。」
原田が去った後の病室で要は唇を噛んだ。今まで折れた足と、バイクの事ばかり考えていた。が、例え足が治っても、仕事に復帰する事が出来ないかもしれないと初めて気付いたのだ。この先仕事で使えなくなった自分を石橋は店に置いてくれるのだろうか?追い出されるかもしれない。そうなると、当ての無い要だ。
住む所と、仕事を探さなくてはならない。今までに貯めた金が少しはあるが、ひとりで暮らした事の無い要は、生活にどれだけ金がかかるものなのか見当もつかなかった。
「アキラなら、力になってくれるかもしれない。」
突然、光が差すようにそんな思いが心に沸いた。
アキラたちと共に生活できたらどんなに楽しいだろう。しかし、激しく頭を振って、要はこの甘美な考えを自分の頭から押い出した。アキラ達が、親の支援無しに遣り繰りしている苦しさは知っている。それに加え、意地が邪魔をして友達の元に転がり込むことは考えたくない要だったのだ。
病院を後にした原田は、要の事をどうボスに報告したものかと悩んでいた。いつかはこの日が来ると、店の誰もが予期していた事だが、怪我の結果そうなったというのでは、やはり要に対する風当たりは強いだろう。
原田は自分の責任を重く感じていた。原田には要が最近反抗的なのは判っていた。しかし、それは若者の誰もが通る道だ。自分だけは何があってもこいつを理解してやりたいと思っていた。だから、峠へ行かすまいとする興津を止めたのだ。それが、要の為だと思ったのだ。例え原田が行くなと言っていても要はそのまま勝負に出ていただろうし、事故は突発的なものだ。いつ起こるかなど、わかるはずが無い。
それでも・・・
「あの時、興津と一緒になって止めておけば・・・。」
原田は、自分の短慮を後悔せずにはいられないのだった。
その頃、石橋は事務所で電話に出ていた。
「だから無理を云っているのはわかっている。」
電話の相手は興津だった。次のヤマに参加できない要をカバーする事で、一番迷惑を被るのはこの男だと言えた。計画自体を調整する為に、自ら現場に足を運んでいたのだ。めったに石橋に盾を突かないこの男が、受話器の向こうで怒っているのが判る。
「ああ、そうだ。 たのむ」
石橋は何とか興津を言いくるめて、ガチャンと受話器をおいた。どうもあの事故以来、事が上手く運ばない。要に、それほど重要な役割を与えていたとは思えないのに、あいつが居ないだけで、何か歯車が狂っているように思うのだ。小さなことかもしれないが、それがやがて大きな狂いになってくるのは戦場で嫌と云うほど分からされている。
クルっと椅子が窓の方へ回ると同時に石橋の口からチッと舌打ちが漏れた
良い週末をね(=^・^=)