「契約の龍」(122)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/10/21 20:23:06
「おにーちゃん、これ、預かっといて」
翌朝、荷物をまとめていたセシリアが、思いついたようにこう言った。これ、というのは、セシリアがクリスからもらった例の人形だ。
「…預かる、って、いつまで?」
「いつまで、かは判んないけど…クリスちゃんの用事が片付くまで」
「用事が片付いたら、クリスが返せ、っていうかもしれないぞ?いいのか?」
「…だって、リンちゃんが言うんだもん。ここにいたい、って」
…言う?リンドブルムが?
「…お前、こいつの言葉が解るのか?」
十分に力のある幻獣であれば、あるいは、人との間に十分な信頼関係を結んだモノであれば、人と話が通じる、というが、実例にはお目にかかった事がない。……クリスと「龍」の間では話が通じてないし。
「んーと…言葉が、っていうか…感情が。…っていうか…さっきからカバンにしまおうとすると、すごく悲しそうなの。それに、昨夜の夢で」
「…夢?」
「……うん。黙って静かに泣いている女の人が。リンちゃんを泣きながら撫でてて……あれ?」
「泣いているのは、そいつではない、ってことだな。でも」
「リンちゃんだって、同じ気持ちなんだと思う」
…でも、静かに泣いている女性、って……どっちだ?
新年の謁見は、正午からの一時間の休憩をはさみ、午前中に二時間、午後に二時間取られており、これが三日間続く。通常設けられている謁見時間は、午後の三時間のみなので、いつもより謁見時間は長い。
「…では、クリスティーナは、家庭の事情で休学、という事でよろしいでしょうか?」
学院へ引き揚げる学長が、クリスに向かって念を押す。
「そういう事にしておいていただけると、助かります」
「で、アレクは?」
…さて、困った。本音を言えば、クリス同様、休学扱いにしてもらいたいのだが。
「…試験の時期までには、戻ります。…たぶん」
間に合わなかったら、卒業が一年延びるだけだし。
「…なんでしたら、「総論」はこの場での口頭試問にしても構わないんですよ?」
残っている必修科目で、試験が予定されているのは、単位取得を先延ばしにしてきた「魔法学総論」だけで、残りはすべてレポートだ。
「学長が、そういう依怙贔屓をするのは、いかがなものかと思いますが?」
「あー…学院は何しろ、「王立」ですから、ゲオルギア家に関する事なら、融通を利かせられるんですよ。…でなければ卒業できない王族がたくさん出てしまう」
学長がクリスの方を見て、にこやかな笑みを浮かべる。
「…私はゲオルギア家の者ではありませんが。アレクはもちろんのこと」
クリスが硬い表情でそう言う。
「ゲオルギア家の者に便宜を図る、とは言っていません。ゲオルギア家に関する事に、融通を利かせる、と言いました。クリスティーナがここへ残るのは、ゲオルギアのためでしょう?そのクリスティーナの要望であれば、よっほどの無茶でない限りは、ね」
ゲオルギアのため、なんだろうか?クリスが「龍」と対峙しようとしているのは。
「まあ、私が融通を利かせられるのは、そこだけですが。ほかの科目については、レポートが提出期限に間に合わなかったり、内容が水準を満たしていなかったりしても、関与はできませんが」
「…わかりました。お手を煩わせて申し訳ありませんが、口頭試問をお願いします」
「ああ、そういえば、クリスティーナも取ってましたね、「総論」。あなたも受けますか?」
「……いいんですか?休学するというのに」
「まあ、ついでだしね。それから、立会人を一人、都合してもらえないかな?できれば、魔法使いか、それに準じるくらい、魔力に敏感な者を」
「魔力に敏感なもの?」
「不正防止のため、だ。魔法で質問者や離れたところにある答えを持ってきたりしないように監視する役。あとは単純に、ちゃんと試験が行われました、という確認。誰か手の空いてそうな人で心当たりは?」
だが、王宮内で働いている魔法使いといえば、それぞれ何らかの任に就いているはず。手の空いている者といえば、休憩中か、仕事が終わった者くらいしかいないだろう。
案の定、クリスも考え込む。
「個人的に知っている訳ではないが…内務長官に相談すれば、適当な人を紹介してくれるんじゃないかな?官僚も含めて、この王宮内に勤めている魔法使いは、すべて把握しているはずだから。」
冬至祭に配布された「柊」も内務官の管理下にあったという。
「…だったら、その方が確実だな」