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重陽

ニコットおみくじ(2022-09-09の運勢)

おみくじ

こんにちは!高気圧に覆われ、九州と中国、四国、東北北部と北海道は晴れ。

近畿から東北南部は湿った空気が流れ込み、雨が降る所も。
沖縄は晴れ。

【重陽】 ちょうよう

☆五節句の一つで、旧暦9月9日のことです。

 《五節句》

  ・1月7日の人日(七草の節句)
   
   七草粥を食しまして、その年の健康を願います。

  ・3月3日の上巳(桃の節句)

   雛人形を飾りまして、ちらし寿司や蛤のお吸い物を食しまして、
   女の子の健やかな成長を願います。

  ・5月5日の端午(菖蒲の節句)

   五月人形やこいのぼりを飾りまして、
   男の子の健やかな成長と立身出世を願います。

  ・7月7日の七夕(笹の節句)

   短冊に願いを書きまして、笹に吊るし夢成就を願います。

 そして、9月9日の重陽がありまして、五節句といわれています。

 *重陽(菊の節句):菊の薬効によりまして、健康を願います。

           後の雛としましてお雛様を飾ります。

 五節句の日は、1月7日を除きまして、同じ奇数が重なる日です。
 1月1日の元旦は別格とされまして、1月7日が節句に取り入れられています。

<概要>

○重陽の節句

重陽の節句は、菊の花を飾りましたり、
菊の花弁(はなびら)を浮かべました菊酒をお飲みになり、
不老長寿を願う行事です。

@歴史

 日本には、平安時代の初めに唐(現:中国)から伝わったとされています。

 ★古代中国

  奇数の日は縁起の良い「陽の日」とされまして、
  3月3日や7月7日等、奇数が重なる日を祝いまして節句としました。

  そして・・・

  中でも一番大きい陽の数であります「9」が重なります9月9日を
  「重陽(ちょうよう)」と呼びまして、
  五節句の一つとして親しまれます行事になりました。

○菊を楽しむ

重陽の節句に欠かせないのが「菊」です。

@菊の節句

 旧暦では、菊の花が咲きます季節でありますことから、
 別名「菊の節句」とも呼ばれています。

 ☆古来中國

  菊の花から滴ります露が川に落ちまして、
  その川の水を飲んだ者が長寿になったという「菊水伝説」があります。

  《薬効》

   薬効の植物とされてきました菊が、平安時代に日本にも語り継がれまして、
   今でも不老長寿を願いまして、邪気を払う花として定着しています。

@大人の雛祭り

 重陽の節句には、3月に仕舞いました雛人形をもう一度飾ります
 習慣があります。

 *もう一度変わります習慣・・・後の雛

 大切な雛人形を1年間仕舞いましたままにせずに、
 虫干ししまして痛みを防ぎまして、長持ちをさせます習わしです。

 大人の女性が健康や幸せを願いまして雛人形を飾ります為、
 「大人の雛祭り」とも呼ばれています。

○飲み、食し、見る

重陽の節句には、菊酒を飲みます習慣や栗ご飯を食すといいました
行事食があります。

*行事食・・・季節折々の行事の日に食します特別な料理

@菊酒

 重陽の節句では、身体の中にあります邪気を払いまして、
 そして不老長寿を願いながら菊酒を愉しみます。

 ★元来

  元は菊を漬け込みまして作っていた菊酒でありますが、
  お家で手軽に楽しむならば、菊の花弁をお酒の浮かべても良いです。

@行事食

 秋の収穫祭とも結びつきのあります重陽の節句には、
 秋の行事食であります「栗ご飯」を食します風習があります。

 ☆小布施栗

  美味しいクリで有名な小布施町(おぶせまち)。

  栗ご飯以外にも渋皮煮や甘露煮も美味なようです。

  《地理的背景》

   小布施町は、長野県の北に位置をしました小さな町です。

   南に流れます酸性の河川「松川」の扇状地です。

   この「松川」の影響で弱酸性を帯びました土壌と、
   夏暑く冬寒い内陸性気候的な気象条件が、
   小布施栗の独特な風味を醸し出しているといわれています。

  《起源》

   ①弘法大師こと空海様

    弘法大師こと空海様が諸国を旅しておられます際に、
    この地に立ち寄りまして、小布施と名付けられました。

    栗を三粒撒かれましてそれが増えたという説があります。

    全国には弘法大師がその土地の産業や奇跡を起こしたという
    言い伝えが至る所にあります。

    産業発展を願います庶民の願いから生まれたもので、
    確証はありません。

   ②荻野常倫さん

    室町時代の初期に、荻野常倫さんが現在の小布施町雁田に
    二十端城を築きました時に、旧居城丹波の国から
    松川氾濫防止と荒廃地の利用、食用する為に
    栗を移植しましたという説があります。

    しかし・・・

    古い文献と荻野常倫さん本人を照らし合わせてみますと、
    年譜が合わない不明な点が多く、確証はありません。

   ③小松姫様

    徳川家康公の養女であります小松姫様が、
    松代藩祖真田信之公に嫁ぐ際に、化粧料としまして栗林を賜りまして、
    以来松代藩の管轄になりました説もありますが、
    年譜が前後していまして、これも確証はありません。

   小布施栗の起源は伝承が多く確証はありませんが、
   誰が?いつ?どのように?もたらしたのかは、
   古に思いを馳せる謎多き小布施栗です。

 《小布施栗と農業》

  伝承の中で戦国時代後期には広大な栗林があったのではないかと
  されています。

  江戸時代初期、小布施が松代藩の「御林(ごりん)」となりまして、
  管理され始めまして、収穫をされました栗を厳選しまして
  将軍家に献上をしていました。

  当時「御林守」という松代藩から任命されました役職がありまして、
  帯刀(たいとう)が許されまして、
  「御林守」は松代藩の厳しい掟に従いまして栗林の管理をしていました。

  その掟は栗の木をみだらに伐採の禁止や風倒木や折れた枯れた木まで
  集めさせまして告知を徹底していました。

  小布施栗は将軍家へ献上が終わらないと持ち出すことはおろか、
  栽培者ですら食すことは出来ず、栗林は留め林と呼ばれるようになりまして、
  御留め栗と呼ばれるようになりまして、
  栗年貢を納めました後は自由に食すことや証人と取引出来ました。
  
  その後・・・

  栗林の一部が幕府直轄の天領となりました。

問題 重陽の節句の日に出荷をします醤油会社があります。

   その会社を教えてください。

1、キッコーマン株式会社

2、フンドーキン醤油株式会社

3、ヒゲタ醤油株式会社

○玄蕃蔵(げんばぐら)

鮮やかな色、まろやかな色、ふくよかな香りが特徴の醤油です。
原点「天・地・大」(天の恵みであります原料、銚子の気候風土、先人の心と技)
これらにこだわり醸造をしました特別な江戸造り醤油です。

○玄蕃蔵生

創業400年を記念して造られましたのが、
穏やかな香り、マイルドでソフトな口当たりの醤油です。

「玄蕃蔵」を最新の技術で火入れをしない「生」仕上げです。

9月9日の重陽の節句に蔵出したものを皆様のお手許にお届けです。

仕込み:江戸時代の製法で11月

ヒント・・・ ○正解の会社

       1616年(元和2年)に創業しました。

       創業者:田中玄蕃さん

       本社:東京都中央区日本橋小網町2-3

       電話番号:03-3669-1441

お分かりの方は数字もしくは会社名をよろしくお願いします。
          







 


















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