Nicotto Town



6/22 キラキラと4択

仮想タウンでキラキラを集めました。

2022/06/22
キラキラ
集めた場所 個数
自然広場 5
おしゃべり広場 6

4択  「関西


キラキラ  「おしゃべり広場 右の柵

     「自然広場 釣り堀プール

4択 西ってどこのこと → 関西



「西」ってつくしね!
関西って「関」の西っていう意味だ。
・・・関ってどこの関。

関西という言葉の前に「関東」が先にでてくるらしい。
7世紀後半だから奈良・飛鳥時代、畿内(近畿)以外の国は7つの”道”(北海道のようなもの。国の大きさを表す単位)に別れ、それぞれに関所を設けて畿内の守りを固めていた。
その関所で重大な3つが
・東海道の鈴鹿関(現 三重県)
・東山道の不破関(現 岐阜県)
・北陸道の愛発(あらち)関(現 福井県)
であって、その関より東側の地を「関東」と呼んだらしい。

「関西」ができたのは平安中期。
9世紀初めに愛発関が廃止され、代わりに逢坂(おおさか)関(現 滋賀県大津市)が置かれると、そこから西を「関西」と呼ぶようになったらしい。

百人一首の蝉丸 の句で有名な逢坂の関だ。
「これやこの 行くも帰るも 別れては
知るも知らぬも 逢坂の関」
これがあの、京から出て行く人も帰る人も、知り合いも知らない他人も、皆ここで別れ、そしてここで出会うと言う有名な逢坂の関なのだなあ)

「逢坂(おおさか)」ってあるので現在の大阪にあったのか?と思ってしまうが滋賀県にあった!
当時の都は京都なので(京と書いてみやこと読むので、京都はみやこみやこだ)大阪なんて田舎よ、田舎。
歌に読むまでもないわーー!
という京都人の叫びが聞こえてきそう・・・。

さらに時代が進んで鎌倉時代になると「関東」は鎌倉幕府の代名詞として使われ、それに対して「関西」は今まで通りの逢坂関の西側をさすこともあれば朝廷の支配が及ぶ地域のことであったりもしたらしい。

江戸時代に入ると関東平野にあった8カ国を刺す「関八州」(武蔵、相模、上野、下野、上総、下総、安房、常陸)という言葉が定着。
これにより、「関東」が今の関東と同じような意味を持つようになった。
それにより「関西」も「京都・大阪周辺」という限定地域をさすように使用されることに。
しかし、「ここからが関西!」という境目はなかったのだった。

現代。
「関西」というと漠然と「近畿」?というイメージがあるのだが徳島や福井は関西ではないのか?とかなんか境目はやはりはっきりしない言葉として定着してしまっている。
そう。「関西」の定義はないのだ。
故に役所などの公の書類などで「関西」が使われることはない。
関東に対するのは「近畿」となっている。

ただ、通常は「東京都・茨城県・栃木県・群馬県・埼玉県・千葉県・神奈川県」をさす「関東」もあやふやなこともあるそうだ。
広辞苑では上の1都6県なのに対し、「国語大辞典 第2版」では「山梨県を含むこともある」と書かれていたらしい。
スポーツ大会では山梨県は関東に含まれることが多いらしく箱根駅伝、陸上、高校野球は「関東」に山梨県を含んでいるらしい。
理由を連盟に問い合わせると「理由はわかりません」「昔からそうだったから」というものが返ってきたらしい。

では新しい連盟ではどうだろう?
アメフト連盟は「関東」に山梨と新潟を含んでいる。
連盟に問い合わせると最初は山梨を含んだ「関東」だったのに新潟も加えて欲しいと打診されたらしい。
理由は「関東へいく方が移動が楽だから」だそうだ。
なるほど。
関東に山梨を含むことが多いのもそういった交流の多さなのかな?

なんとなく使っている「関東」「関西」だが境界は日本語特有の「曖昧」なものであったらしい。
「関東」というと東京一円を思い浮かべるし「関西」というと大阪一円を思い浮かべる人が多いのだったら「ここから」という境界は可動でいいのかも?
「関西」を大阪一円というと京都人が激怒しそうだけどw

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2022/06/22 02:00
ほぼ関東、時により中部地方にカテゴライズされる山梨です。
甲信越、というときの境目ははっきりしていますが、それ以外はふわっとしています。




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