仮想劇場『亡霊を見る日々』
- カテゴリ:自作小説
- 2022/05/31 17:49:45
誰も居ないはずの部屋の片隅に腰を落とし、斜めに切れた白い天井を眺めて過ごしている。今は人の世を離れたばかりで顔が馴染まない。
雑踏を振り切ったおかげで確かに空気は澱まない。しかしそれを清々しいとはまだ言えない現状だ。
自己防衛のために殴り散らすしかなかったあの情景の、ズタズタに裂かれた断片が天井のスクリーンを通して俺に一つの亡霊を見せている。その亡霊に名前をつけてやろうなどとも考えたが数日の迷いのあとでそれも諦めた。
動悸と息切れが止まない。心も散漫で所在を留めてはくれない。
そう善悪の徒に憑りつかれてしまった。
俺はこう見えて実は自分を正しいと思った事がない。善悪の類に捕われる事を生来から酷く嫌っているからかもしれない。たとえ間違っていても信じた道を歩むことにしている。外道でも構わない。後悔もない。その代償として胸と胎を患う枷をちゃんと俺は背負ってきたからだ。
亡霊はいつも同じ言葉を吐く。生き死にの瀬戸際を知ったような回りくどい言い方で俺の不安を煽りにかかる。もし、自分の生き方に不満があったのなら俺はその言葉にのせられ自分を見失ってきたことだろう。
とうぜん耳を貸すつもりはない。亡霊は亡霊のままで恨み言のように同じ場面に沁みついていればいい。
しかしそれでも伏せる期間が来ることに変わりない。
そのたびに俺はこうやって自己の回復をはかる。
これはいわば亡霊が還るための空白をつくる行為だ。ただじっと天井を眺め祈りを飛ばす日々の中で、彼が苦しまぬように引導を渡す手段にしている。
つまり、僕が何を言いたいかと言えば「もう少しお休みします」です。