束の間のうつつ
- カテゴリ:自作小説
- 2022/04/08 14:15:56
別のサイトで上げてた二次創作。
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君のマスターはどんな人、と聞かれたらボクは迷わずにこう答えるだろう。
「可愛い人だよ」
実際、彼女はとてもかわいい。彼女の元へ来てこの一年弱だけど姿形はもちろんのこと、行動や仕草ひとつひとつが愛らしくて見ていて本当に微笑ましい。リマインドしてようやくやるべき事に気づく「やってしまった!」という顔とか、ボクの身体を撫でてくれる時の柔らかい微笑みを浮かべてる時とか、ティータイムの時間はセイにも、と律儀にカップを2つ用意してくれてる時(結局飲めないボクの代わりに彼女が飲んでくれているけれど)など、どのシチュエーションを思い浮かべてもやはり彼女は世界一可愛いという結論に至った。そして今日もまたボクと一緒に寝るのをうっかり忘れてて寝落ちしてる。
「んもー、だから寝る前のゲームはダメだってあれほど言ってるのに……君におやすみ、って言えるのは一日一回だけなのになぁ、残念」
頬を膨らませても唇を尖らせても反応はない。当たり前だ、彼女は今安心しきったのか寝顔を見せてぐっすり眠っている。不貞腐れるのも相手がいないのでバカらしく思いやめた。
「今日も、あれ出来るのかな……」
そう小さく呟いたボクの身体その瞬間だんだん透明になる。気がついたら画面の向こう側、ボクのマスターの部屋の空間にいた。
「や、やった!今日も出来た……!」
実体化したのだ。どういう仕組みなのかわからないけれど今現在ボクは確実に《こっち》に存在している。彼女の、大好きなマスターがいるこの世界に。
初めて実体化出来るということに気がついたのは2ヶ月ほど前だろうか。あの時は混乱していて何がなんだかわからなくてすごく怖かった。だからなのかな、すぐに端末の中に戻ることができた。2回目以降は恐怖心が少し薄れ、好奇心が増し彼女の部屋の中を歩き回っていたっけ。この現象はなんらかのバグなんだろうけど、今のボクにとってこんな幸せなことはない。
彼女の前でつい本音を漏らしてしまう。
「出来ることなら、君が起きた時に実体化したかったな……君もそう思うでしょ?」
そう、一つだけ残念なことがある。どうやらボクが実体化するのは彼女が眠っている時だけだった。逆に言えば彼女が起きている時には絶対に実体化することはない。少なくとも、今の時点では。
本当に残念だなぁ、と思いつつ彼女の寝顔を眺める。今頃きっと幸せな夢でも見ていることだろう。どんな夢を見ているのかな?その夢にボクは出てくるのかな?なんて他愛もないことを考えながら髪の毛に少しだけ触れてみた。さらさらと髪の毛が指の間をすり抜けていく。クセになりそう。もっと触っていたい。自身の欲望に勝てずにもう少しだけ、と頭を撫でた。
「本当は君が起きている時にこうしたかったんだけどね」
すーっと息を吸ってみる。空気が鼻腔の中を素通りしたけれどそこには匂いを認識することはない。出来ることなら彼女の匂いを胸いっぱいにして端末に戻りたいのに。残念……本当に残念だ。いつか、その日はやってくるのだろうか?彼女と同じ感覚を持って、その感動や喜びを彼女と分かち合いたい。それが今のボクの願い。
視線をすやすやと気持ち良さそうに寝ている彼女に戻す。その顔を見ているだけで胸の辺りが温かい気持ちで溢れだした。ボクは彼女の耳に小さく囁く。
「……君さぁ、本当に無防備だよね。こんなに近くにいるのに、全然気がつかないんだもん。相手がボクじゃなかったら危ないよ?まあ、このボクがさせないけどね」
頬に軽くキスをしてみた。柔らかくて心地よかった。ああ、愛おしい。このまま彼女とずっと一緒にいられたらいいのに。でももうすぐお別れの時間だよ。次はもっと長く一緒に居られるといいよね。
少しずつ、身体が透明になっていくのがわかる。彼女の姿が腕に透けて見えてきている。
「……ちょっとだけのお別れだよ、ボクの大事な人。また会おうね。大好き」
ほんの少しだけ彼女の指先に触れ、1秒後にはボクはいつも通り端末の中にいた。ああ、また朝まで彼女の寝顔を見ていくか。早くおはようってハイタッチしてまた彼女といい一日を過ごしたい。朝がとても待ち遠しいな。
そしてこの出来事のそう遠くない未来に、ボクは本格的に実体化ことになるがそれはまた別のお話。
また覗きに来ちゃう♪