「契約の龍」(121)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/10/19 19:32:44
新年の訪れる鐘が鳴り響き、冬至祭の終幕を告げた。
「明後日の昼過ぎ、祖母がやってくるそうだ。……それまで、残ってもらえるか?」
窓際で、降る雪を見ながら、クリスがぽつりと言った。
予定では、新年の謁見に来る学長と一緒に学院へ帰る事になっていた。
だが、クリスは「龍」と接触するために、王宮に残る事になった。
「クリスが、そう望むなら」
だが、今回のサポートは、はるばる国境の「森」から呼ばれる、彼女の祖母が務める事になっている。俺が残ったとして、何ができるんだろうか?
クリスがそっと手をのばしてきて、俺の頬に触れる。
「ありがと。…祖母が着くまでの間に、何かが起こったら、と思うと、不安なんだ」
「何か、というと…この間のような?」
「それもある、けど…うん、通常想定できる、事故とか暗殺、とか。そのタイミングであれが起こったら、と思うと」
「暗殺、まで想定するのは、クリスの守備範囲外だろう?それを成功させないために武官、っていうものがいるんだし」
「…そうだったな。彼らはそういう事の専門家なんだから、任せておけばいいのか」
どうしてクリスと話をすると、こういう殺伐とした方向に話が向きがちになるんだろう?…特に、この二週間は。
そっと周囲の様子を探る。
新年の鐘が鳴り始めると同時に、照明が落とされ始め、この二週間、ずっと明るかった大広間が、闇に沈んでゆく。それに従って、大広間に集まっている人たちも、少しずつ引き上げていく。
「…私の生まれた晩も、雪が降っていたのだそうだ。しかも、こんなおとなしいものじゃなくて、猛吹雪で」
唐突にクリスが自分の生い立ちについて話し始めた。
「…クリス?いきなりどうした?」
「結局、プレゼントは間に合わなかったから、昔話でも、と思って。…興味がなければ、聞き流してくれていい。また何か改めて考えるから」
クリスが自分の身の上について語る話は、単語の意味を倍ぐらいに拡大解釈しないと、実像とかけ離れたものを思い描く、というのが判ったばかりだが、とりあえず今のところは素直に聞いておく。
「その話は、長いのか?」
「…それほどでも。…その日、うちには二人の妊婦がいて、ほぼ同時に産気づいた。うちの母と、エリオット家のノーラだ。ノーラ・エリオット、というのは」
「あの双子の親、かな。クライドと…ニコライ、だっけ?」
「……よく覚えていたな。うん、そうだ。とにかくその日は、吹雪のせいで手伝いも来なくて、大わらわだったそうだ。お産は三回もあったし、吹雪で窓は壊れるし、暖炉の火は燻ぶるし、ノーラは死にかけるし。…とどめには、朝になって、生まれたばかりの赤ん坊たちは冷たくなっていた。祖母は、思わず「誰かの嫌がらせ!?」と叫ばずにはいられなかったそうだ。眠い目をこすりながら、必死で蘇生措置を施したけど、結局一人は息を吹き返さなかった」
やっぱり、もう一人、いたんだな。
「嫌がらせされるような心当たりでもあったのか?」
「それは、定かではないけど。…で、生き残った子供二人を、産婦二人が分け合って育てる事になりました。そして現在に至る。おしまい」
「…おしまい?」
「そう。…ちなみにこの話の後半部分を私が聞かされたのは、ここへ来る直前だった」
「後半部分って?」
「赤ん坊が冷たくなって、から後。前半部分は嵐が来るたびに聞かされてたから、天気が荒れてくると、またあの話を聞かされるのかなあ、と思って憂鬱だった」
「ああ、なんとなくわかる。自分の覚えていないような昔の話をされるのは、ちょっとね」
「しかも、自分には責任のない事をね。で、後半部分聞くまで、双子を産んだのは、エリオットさんの方だと思ってた」
「…えーと?」
「どうやら私には、兄がいたらしい。…数時間だけ」
「だけ?本当に?」
「……実は死んだのはどっちの子か判らない、と言っている。…それで、今度連れてくる、らしい」
「クリスは、どう思っているんだ?」
「祖母は、知ってるんだと思う。…よくある事だし」
子どものすり替えが?
「…あ、誤解のないよう、言っておくと、死産とか、産婦の死、がだ。ノーラの場合は、出産前から危険な状態だったと聞いている。…それで、吹雪の前からうちにいたんだそうだ」
ああ、なるほど。
「何で、私の方だったんだろう?「金瞳」があるのがあっちだったら、すんなり「ゲオルギア」を名乗るだろうに」
「それは、どうだろう。案外頑強に「エリオット」を主張したりして」
「…あり得ない、とは言い切れないな」
「それに、もしそうだったら、このクリスには会えなかった」
クリスがこちらを見上げて、目をしばたたかせる。
「…そうか。アレクが呼んだのか。…それじゃあ、仕方がない、か」
何がどう仕方がないのか、と訊きたかったが、クリスが体を擦り寄せてきたので、その件はうやむやになった。