瑛子の話
- カテゴリ:日記
- 2022/01/10 11:52:26
カウンセラー室のデスクで,室長の彼女は間もなくここに来るであろう
愛子を待っていた。
予想に違わず、数分後に、恵須病院の4階にあるこの部屋のドアに
ノック音が響いた。
まだ、窓外から聞こえる病院の入り口からの救急車のサイレンの余韻が
わずかに残っている。
ドアを開けて入ってきた愛子を一目見た瞬間に、彼女は自らの正しさを知った。
『私は間違えていなかった』デスクの上で我を忘れて崩れかけた。
若さ溢れる機敏さを示しながら、白髪のショートカットに幻の瞳を称え、俊敏に
室内へ入ってきた愛子を、もはやある程度歳を経た人間にはどうしても抗えない、
そもそも立ち向かえない、降伏するしかない。
愛子の髪、眉毛、そして何よりその瞳がこの部屋全体を瞬時に支配した。
一瞬の沈黙のあと、愛子は静かに、そして敬意を込めて声を発した。
「お久しぶりです。」
そして頭を深々と垂れた。
「少し早めの来院ですが、今日は別件なので」
慶子はすみやかに救急処理を受けて、産婦人科の病棟へ運ばれた。
あまりにも早期の出産のため、急に呼び出された担当医師は頭を抱えた。
椎子は瑛子に連絡した。何故かすぐに繋がった。
「どうする?貴女次第よ」
「慶子は助かるの?」
「わからないけど、難しいと思う」
瑛子は様々なシチュエーションを思い描いた。
おそらく今まで生きてきた中で、一番一番考えた。
カウンセラーと愛子は実は初めて目と目を見つめ合っていた。
「私もそうすれば良かったかな」
「それじゃなきゃ、私へのアドバイスは無かったかも」
「世界は不思議よね」
愛子の瞳は感謝の涙で輝いていた。
数十分後、慶子は980グラムの男児を出産し、自らはこの世から消えた。
恵須病院は総力を挙げて、新生児の救命に尽力した。
数日後、瑛子は恵須病院の受付の前で、煩雑な書類の束を受け取りながら、
やがて自分の胸にあの人が還ってくる期待と希望に脚が震えた。
ガラスの窓を通して、自らの子が生きようとしているさまを見ることができた。
「お帰りなさい」
愛子と同様に、瑛子も前しか見ていなかった。
そのとき椎子は新しい環境を求めて、遠い地にいた。
愛子、きばりなや!
瑛子、何かあったらいつでも言って。
慶子、大好きだからね。
そして不意に思うのだ。あのカウンセラーさんは一体誰だったのだろう?
そして歐先生、愛子が大変お世話になりました。
でも歐先生ってそもそも一体誰なの?
慶子の星を見つけようとして、椎子は砂漠で満天の星の輝く空を見上げた。
タクラマカンの空は無限に拡がっていた。広すぎる。あまりにも広すぎる。
でもなぜか、慶子の笑顔が椎子に何かの意思で突然届いた。
「見つけた!」
慶子の星を見つけた。あそこに慶子はいるんだ!
乾いた空の夜空の向こうで、慶子は微笑んでいた。
私が生きている限り、あの星は慶子なんだ!。
登場人物
椎子
瑛子
愛子
慶子
カウンセラー
今回は全員が主人公です
-完-
「おいおい、俺は?」
歐先生
もし、これを我楽多箭兵衛全集で纏める機会に恵まれることがあるならば、
大幅な加筆、訂正、改稿を作者(私です)に求めます。