悲しみの果てに (前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2021/12/12 00:04:33
この生の悲しみとは 話すことができないということ
言われた、聞かれた言葉は 空気の上の空気でしかないということを
何も私に言わないで 私はあなたを愛しているから
黙っているときにも 私はあなたを呼んでいる
セシリア・メイレーリス 1972
日本海から吹き付ける風が窓枠をガタガタと揺らし、雨粒が薄いガラスを叩き続けていた。海は時化、今日の漁は中止が決まっていた。幸介は、荒れた天気にパチンコに行く気分にもならず、ソファーに横になりテレビを見ていた。
昼前なのに、空が暗くなっていき照明をつけた。幸介は胸騒ぎを覚え、軽トラに乗り浜に向かった。漁が休みになり浜は閑散としていた。防波堤で港は囲まれていたが、船は波に洗われ大きく揺れていた。幸介は軽トラから降り、もやいを確かめたが、しっかりと係船柱に結ばれていた。
幸介は思い違いだったと、煙草に火をつけようとしたが、風にあおられライターに火が付かなかった。風を防ぐように、身体の向きを変えようとしたときに、防波堤の先端の人影が目に入った。
防波堤は釣りの禁止区域になっている。街から来る釣り人は、漁港に車を停め迷惑な存在でしかない。荒れた日にふざけるなと注意をしようと、幸介は軽トラに乗り防波堤の先端に向かった。
防波堤の天端を走っていると、雨と一緒に砕けた波しぶきが加わりワイパーを動かしても前が見ずらい。先端に近づき、ハンドルのボタンを叩くように押すと、クラクションがけたたましく鳴り響いた。
防波堤の人影は、幸介の方を振り向いたと思うと、風に舞うように防波堤から海に落ちて行った。慌ててサイドブレーキを引くと、軽トラから飛び降り、荷台に積んでいた浮き玉を身体に結び付けた。
防波堤の先端に行くと、海面は浪打ち波頭が崩れ白く泡立ち、どこにいったかか分からない。港内に向かう潮の流れを追っていた時に、白いものが見えた。幸介は、護岸を走り降り、海に飛び込んだ。身体が波に運ばれ思った方に泳げない。もがくように前に進み、手を伸ばし足をつかんだ。
背中から抱え込み顔を海面から出させる。左腕で抱きかかえ足と右手でかぎながら、流れに沿い比較的穏やかな防波堤の裏側にまわりこんだ。足がマウンドの捨て石に触った。背中から抱えたまま天端に引きあげた。
若い女だった。幸介は、大丈夫かと怒鳴りつけた。女は頷いた。意識があり安心した。女が暴れなかったのが良かった。溺れそうになると人はパニックになる。もがき、救助の人間にしがみつき、二人とも命を落とすこともある。生きようとしなかったおかげで、女は生きることができた。
女の肩を抱えながら、歩けるかと聞いた。女は立ち上がろうとしたが、膝が崩れた。女をおぶって軽トラまで歩き、助手席に乗せた。防波堤に残っていた女の荷物を車に乗せると、軽トラをバックさせた。ガリガリガリ、軽トラのケツを防波堤でこすった。家に戻り、女を家を家に入れた。
「あんたら、どしたんな。そこで待っといて、すぐ、バスタオルもってくるわ。」
玄関先から、母が奥に戻って行った。母は、バスタオルを持ってくると、女の身体を拭き、手を引いて家の中に連れていこうとした。
「かあちゃん、俺のタオルは?」
「あんたや、タオルの場所知っとるやろ。自分でし~まい。ちゃんと拭くんで。家の中、ベタベタさせんといてよ。」
母は女を風呂場に連れて行った。風呂場からは、母の声しか聞こえてこない。
「シャワー浴びて、ゆっくり身体を温めるんで。急いで、お風呂に入ったら、身体がびっくりするけんの。お風呂に入っとる間に、洗濯しとくけん。ええ服やけど、普通に洗濯してええやろ。後で、おばちゃんのやけど着替えおいとくけんの。」
顔を洗って、着替えて煙草を吸っていると、母が珈琲を淹れて持ってきた。
「あれ、誰や?」
「知らんわ。」
「えらいべっぴんさんやの。30歳くらいな。どしたんな。」
「海に飛び込んだけん、助けたんじゃ。」
「事情があるんやけん、あれやこれや聞いたらいかんで。分かっとんな。」
「分かっとるわ。」
しばらくすると女が風呂からあがってきた。母のパジャマを着ていたが、サイズが小さく袖も丈も短い。母は、「ここに座りまい。飴湯作っといたから。温まるけん飲んでの。」と声をかけた。
「海に飛び込んだんやって。この子、幸介ゆう名前やけど、私もこの子抱いて、何度も海に飛び込もうと思ったことがあるんで。もう死んだけど、この子の父親が気性の荒い人で飲んでは暴れるし、姑も意地が悪い人やっての。あんたは、なんで飛び込んだんな。そや、名前はなんていうんかいの?」
幸介は、母をにらんだ。女は、うつむいたまま、何も答えなかった。
「言いたなかったら、言わんでええんで。名前は、りかちゃんにしようか。お人形さんみたいに可愛いけんの。私のことは、おばちゃんって呼んでの。」
母は、客間にりかちゃんを連れて行くと、布団をひき、小机にお茶やお菓子を出すと、「好きにつこての、でもここで死んだらいかんで。私困るけん。」と言って襖を閉めた。
漁師の朝は早く、1時半には起きないといけない。そのため、夕飯の時間も早い。6時になり、母が客間に行き、りかちゃんに、「ごはんできたけど、ここで食べる?でも、ご飯は一緒に食べた方が美味しいやろ。こっちきまい。」と声をかけた。
母は、鱈鍋を作っていた。
「家にあるもんばっかりでごめんの。鱈は幸介が獲ってきて、白菜、ネギ、人参、大根は私が畑で作ったんで。それとスーパーで買った豆腐。たくさん食べての。」
母は、ご飯をよそい、取鉢に鱈や野菜を入れ、りかちゃんに渡した。りかちゃんは、しばらく躊躇していたが、母に向かって頭を下げると、箸を手に取った。
「魚偏に雪と書いて鱈って、ようできた漢字やと思わん。この時期になったら、深いところに棲んでた鱈が産卵に岸にやってくるんよ。まるで、食べてくださいって感じやろ。漢字ゆうたら、金八先生が、人は一人では幸せになれません。人という字は、支え合って人になるんですと言ってたけど、おばちゃん、しっくりこんのよ。人という字は、人が大股で歩いとるところに見えるんやけど、千恵ちゃん、どう思う?」
「誰や、千恵ちゃんって?」
「りかちゃんって呼んでたけど、しっくりこんのよ。若い頃の倍賞千恵子に、そっくりでしょ。寅さんの最初の頃の。おばちゃんは、千恵ちゃんって呼ぶから。」
千恵ちゃんは、箸を揃えておくと、両手を合わせて頭を下げた。
「だめだめだめ、ちょっと待ってよ。〆のうどんがまだやけんの。」
母は、鍋をキッチンに持っていくと、氷見うどんを入れて温め直した。千恵ちゃんの取鉢にうどんを入れ小葱を散らした。
「まだ、ちょっとしか食べてないから大丈夫やろ。」
千恵ちゃんは、美味しそうにうどんを食べた。母は、「千恵ちゃん、手伝って。」というと、夕飯の片づけをはじめ、テーブルを拭くとお茶と月世界を出した。母は、「お茶と一緒やないと歯にくっつわ。」と言いながら、紙袋の中の物をテーブルに出し始めた。
「ジャージ買ってきたの。パジャマ代わりにもなるでしょ。それと下着。サイズが合わんかったら我慢してよ。オールインワンの化粧品と生理用品も買うてきたで。歯磨き粉と歯ブラシ。タオルは、うちにあるもん好きにつこて。それと軍手。明日、畑仕事手伝うての。ほんと、男は役にたたんわ。」
幸介は、寝るために自分の部屋に戻った。
最初は、七尾港で書いていて、困ったなと思ったのですが、1時半に目覚めると書いたことを、誰も覚えていないだろうから、まあいっかと適当に書き進めたのです。
私の頭では把握できません^^;
前編では、能登半島の七尾港をイメージしていました。漁場まで10分と近いので、2時出港で、主人公の起床時間は1時半と書いています。中編で、黒部港に代わり出港時間が1時になったので、主人公は毎日遅刻です。
能登半島かと思いましたが、漁港となるとまた景色が違ってきますね
幸介さんも千恵さんも無事で何よりでした
これから恋に発展していくような予感^^♪
豆腐屋さんやお肉屋さんや商店街のように、昔の日本の姿が残っているのが東京の23区だと思う。地方は、郊外のショッピングモールや大型スーパーばかりになってしまった。生活しやすいのと住みたい場所は違って、やはり瀬戸内海の風景が一番なのだ。
じゃ、どこ?って言われると答えられない(;´・ω・)
毎年、一番になるけど、富山県の人には実感がないみたい。一番住みやすいのは、東京だと思う。車がなくてもいいし、安い物から高いものまでなんでもある。住んで楽しいところは、人それぞれだけど、美味しいものがあるところがいい。
人気のところみたいですね
今回のご家族は、香川から富山に移住したと思ってください。作者の語学力の限界が出ております。
でも瀬戸内海じゃないの?
富山県は、なまってない気がします。
富山県の方言ってそんな感じなんですねぇ~
続きが気になりますが・・・また明日のお楽しみにします^^
おやすみなさい
申し訳ありません。ひもかわうどんを食べるのに夢中で、執筆活動に入れていません。今回は、得意の讃岐弁です。以前、鹿児島弁や津軽弁を使いましたが、方言を学習するだけで半月ほどかかってしまいました。喜んで、助けに飛び込みます。寄る年波で、飛び込む前に入念な準備運動が必要ですので、ラジオ体操第1と手首と足首をぶらぶらさせる時間はなんとか息をつないでください。
ウサピョンさんは、現実主義者よりは、理想を追いかけるタイプではないでしょうか。四国を感じさせる方言から高知を想像されたのだと思います。冒頭に日本海から吹き寄せる風との表現があります。高知に届くためには、中国山地、讃岐山脈、四国山地を越えなければいけませんが、そんな些細なことより、黒潮洗う高知のほうが海の男をイメージさせます。
所々に方言が混じっているようですね
無事に救い出せてよかったです!
お母さんも凄く気が利きますね~パジャマや下着
化粧品に生理用品まで・・・
私ならそこまで気が付かないと思ってしまいました^^;
くら寿司は、行ったことがないと思います。最近、行ったのは、スシローとトリトンです。くら寿司の原宿店がオープンしたそうですが、クレープやらテラス席やら回転寿司屋だと思えません。Z世代向けと、おっさんは相手にされていません。
https://www.appbank.net/2021/12/09/casual-food/2164171.php
ずいぶん前に行っただけで、知らないけどCM見るとカレーやラーメン、アイスまで出てくるような・・・
知り合いのオバサマ「孫はくら寿司でないと、よその寿司屋に一回行ったら・・・あれが無いこれが無いと文句ばっかり・・・」
くら寿司行ったことありますか?
食べ終わった皿→5枚「穴」に投入すると「ガシャポン1回」できるシステム(-.-)(-.-)4枚だと誰かが頑張ってもう一枚食べて→5枚の皿を「穴」に入れたがる
瀬戸内海も考えましたが、ベタ凪の瀬戸内海では、飛び込んでも岡山まで泳いでいけそうなので、冬の海のイメージが沸く日本海にしたのです。
あずさちゃん
こうたんは、新千歳空港の売店にあったクリスマス限定のロイズのチョコです。職場のお土産だけで、自分用のお土産を忘れました。
偉い。飛行機に乗らなければいけないので、30分早起きおきましたが、普段食べない朝ごはんを食べたので、30分が吹っ飛びました。
昨日はNHKの藤井聡太君を見ていました。政府は何かを隠しているかもしれません。軽石騒ぎも、相模トラフに断層ができているのかも。来るべき日に備え、英語や中国語の勉強でしょうか。
mさん
いろいろ忙しいですね。人口減少下では、一人何役もこなさなければいけません。時代の先取り流石です。これからは、うどん屋兼スイーツショップが必要な時代だと思います。
あずさちゃん
たべまい、かおあろてきまい、はよねまい、勉強しまいと多数の応用が効きます。英語だと、shouldやyou had betterのようなものでしょうか。
「こっちきまい」も覚えました
千恵ちゃん 畑仕事お手伝いして元気でるといいなぁと思いました
お母様はさすがです
今、保健推進員を引き受けてて・・・赤ちゃんが生まれて家に・・・行かなくちゃ(-.-)
新型コロナが蔓延してた頃は→中止、だったのになぁ~~~
ちゃんとした家庭か覗きに行く…ふぅ~~~
最初、まったく頭に入ってきませんでしたがw
若い女だった。幸介は というところから
テレビの声より、小説の方に集中してしまいました (^O^)/
お母さん 凄くいい人ですね~ そして面白い (*≧m≦*)
冒頭の詩は、時数稼ぎの姑息な作戦です。夏休みの読書感想文で、粗筋ばかり書いて感想をほとんど書かないという小学生並のテクニックではないでしょうか。お母さんには、生活の知恵が詰まっていますね。お父さんだったら、お菓子ばかり買ってきたと思います。
たまちゃん
冬の日本海と言えば、高倉健さんです。北海道留萌が舞台となった「駅ステーション」、福井の美浜町が舞台となった「夜叉」。健さんのようにシブい親父になりたいですが、健さんがシュークリームを頬張っている姿は想像できません。人という字は~とか私は死にまシェーンと武田鉄矢を目指すことにします。
日本海って荒れた海とか、事情がありそうな女とか、
そういうイメージが合いますよね。勝手な想像だけど。
生きようとしなかったおかげで生きたっていうのが何とも深い。
さて続きは安心感のあるオチになるか、新境地を開拓するか。楽しみにしてます!
生理用品も用意できるなんて気が利く!
冒頭の詩が気になります。キーワードかしら。
楽しみな後半です。
予想が難しいでしょう。作者も分かっておりません。続きが思い浮かばずニコ店回りをしてしまう始末です。舞台が日本海側なのに、讃岐弁をしゃべっているところが批判を呼びそうです。続きは、いつの間にか、舞台が瀬戸内海に変わり、鰤じゃなくてハマチになっているかもしれません。
雰囲気が新しく新鮮です。
お母様が優しくて頼りになりますね。
鱈のお鍋と和菓子も美味しそうです(¯﹃¯*)
続きは今回どうなるのか予想が難しく気になります。
月世界を歯にくっつくと書いてしまいましたが、一度しか食べたことがないので、自信がありません。白砂糖、和三盆、卵で作った干菓子なので、口に含むとシュワシュワと溶けていきそうな気もします。富山出身の部下がいましたが、一度しか買ってこないのがいけないのです。
アリスさん
ひょっとしたら、死のうとしたのではないのかもしれません。この季節なので、鰤を捕まえようとしていたのではないでしょうか。氷見の寒ブリだと1匹5万円くらいです。飛び込んで捕まえたくなる値段です。
何故死のうとしたのかは、気になるね。
海に飛び込んだ描写が良かったよ。
続きが気になります。
たくさん書いていて、すごいね!
よく思いつくね。
力のあるお母さんですね。
月世界を検索してみました。
味が気になります。