秘密基地異時空間・日本 カーレーサーごっこ後編
- カテゴリ:自作小説
- 2021/10/17 14:01:13
|二人用協調操縦《ダブルドライブ》システムのレーシングカーが走り出した。
「アクセル全開」
「シフトチェンジ!」
二人の操作で、車は速度を上げていった。
「力学だよねぇぇええええええっ!」
「まだ習ってないじゃん! でもっ、実感す……ぎゃあぁぁぁぁあぁあ!!」
会話《かいわ》と悲鳴《ひめい》がまぜこぜになっていく。
ストレートを疾走するが、コーナーがぐんぐん近づいてきた。
「ぶ、ブレーキぃいぃいいぃいいぃいいっ!」
「シフトダウえぇぇえぇぇえっ、ステアリングぅうぅうううぅうぅううっ!」
バシバシと作用する遠心力に耐えながら、コーナーを回った。
コーナーを回りきって安心した途端、またコーナーが迫ってくる。
「ぎょえぇぇええぇぇえっ!」
「ぎゃあぁぁああぁぁあっ!」
からだに感じる力の耐えて手と足を使い、操縦するのに二人は必死だった。互いの叫び声を自らの叫び声によって上書きをするを繰り返す。
更に二人の操縦タイミングが合わないとスピードが落ちてしまう、瀬名《せな》の言う『二人で操縦する難しさ』が運転の難易度を上げていた。
大混乱で大騒ぎしつつ三周したところで幕太《まくた》は、ぼちぼちコツを掴んできた。
「少し、わかってきたぞ」
幕太が切り出した。
「スピード落とし過ぎず、かつカーブで膨らまないように、コースどりを……」
走りながらブツブツ分析する幕太に、瀬名が困惑する。
「コースどり? んん??」
幕太が力強く言った。
「僕にハンドル操作とアクセルブレーキのタイミングは任せて!」
ここは幕太に任せようと瀬名は決めた。
「りょーかい!」
ハンドルを握りしめているので、瀬名はヘルメットをかぶった頭を上下して合図を送った。
「ブレーキ軽め、ステアリング右、ちょっと」
「アクセル徐々に踏み込んで」
幕太の指示で、二人の操縦に同調性が増していき、|一周当たりの最速タイム《コースレコード》を立て続けに更新していった。
「幕太くんすごい!」
瀬名が絶賛すると、幕太は嬉しそうに言った。
「二人の結果だよ~」
操縦の同調性が上がるにつれて、二人の気持ちもぐっと近づいていく。
「さてそろそろ……」
瀬名が言うと幕太は|阿吽の呼吸で応えた。
「観衆でてこい!」
ウォオオオォオオオオオォオオッ!
空だった観客席がどかっと埋まった。観客は手を|振り回し《ふりまわし》歓声《かんせい》をあげ、その視線《しせん》を、瀬名と幕太の運転するレーシングカーに注《そそ》いだ。
「「勝負開始!」」
瀬名と幕太は一心同体になって叫んだ。ミラーを確認すると、猛追してくる黒いレースカーが現れ、|瀬名・幕太号《せな・まくたごう》に、ガンガン迫ってきた。
「黒騎士じゃん!」
幕太は大喜びだ。黒騎士のファンだからだ。
一方の瀬名はというと、猛追してくるレースカーに『二人』乗っているいることに気が付いた。と、黒騎士との通信回線があっという間に構築された。
「正々堂々のレースをさせていただく! 相棒は私の分身、黒騎士ダッシュです。ではっ」
挨拶が終わると、黒騎士号はコーナーでインをついて、二人の車をスルスルと追い抜いた。
|二人用協調操縦《ダブルドライブ》システムは同調性が肝要であるゆえ、分身・ダッシュを使う黒騎士号は当然のごとく強い、速いのだ。
「同調性では、分身を使う黒騎士号にはかなわないな!」
黒騎士に会えて喜んだのもつかの間、幕太は追い抜いていった黒騎士号を見ながら、悔しさがこみあげてきた。
「私、考える! 少しの間、運転を幕太に任せていいかな?」
「わかったよ、なんとか離されないように頑張ってみる!」
瀬名は自分の分担するドライブモードをオフにすると、考え始めた。操縦で敵わなくても何か方法があるのではないか? きっとあるはずだ。瀬名は考える――。
「運転モード、一人ではもう限界だよ! 離されるよぉおおおぉおおぉおっ!」
黒騎士号にくらいついて必死に運転していた幕太が、ついに耐え切れなくなって、声をあげた。瀬名はドライブモードをオンにして操縦を再開した。
グーーン。車の動きが格段《かくだん》に良くなった。二人の赤いレーシングカーはすぐ黒騎士号に対して|テール・トゥー・ノーズ《後部にぴったり接近》の体制に入った。
瀬名が幕太に説明した。
「このまま、くっついていく」
「追い抜かないってこと?」
「後ろで空気抵抗を低減しつつ、そして」
前方操縦席でフルフェイスのヘルメットに覆《おお》われた瀬名の表情は当然見えない。しかし幕太は、瀬名が『えげつないほどすごいアイディア』を思いついたのだと気が付いた。
「そして……?」
幕太が恐る恐る瀬名を促した。
「黒騎士は鎧姿で重装備、つまり重いのよ。重ければそれだけ燃費《ねんぴ》が下がり、いつかガス欠になる」
幕太は瀬名の言わんとするところが、うっすらわかってきた。
「敵がへこたれて力尽きたところを追い抜くってことかぃな……」
「私たちは鎧でないから軽い。つまり、黒騎士号より早く燃料切れになることは、ないのよっ!」
幕太は、瀬名のえげつない作戦に納得しつつ、これからの付き合いで慎重を期す部分を肝に銘じた。自分がえげつない作戦の犠牲になるのは全力《ぜんりょく》で避けたいと、心から思ったのだ。
黒騎士号にぴったりぴったり付いていく。黒騎士号は戸惑って、コーナーでインをわざと開けて瀬名・幕太号を誘う。しかし、二人はひたすら黒騎士号にひっつき虫走行を続けた。
黒騎士号は諦めて先導して走り出した。二人の車もぴったり食いついていく。
コースを何周しただろうか?
「よし! 抜くよ」
幕太が叫んだ。同時に黒騎士号の速度がガクンと落ちる。黒騎士号をかわして、瀬名・幕太号が先頭に躍り出た。レースはラスト一周であった!
うぉおおぉおおぉおおおおおぉおっ
観衆がどよめいた。
瀬名・幕太号は、チェッカーフラグが振《ふ》られるなか、フィニッシュラインを越え去った。
スピードを落とし、ウイニングランをする瀬名・幕太号に、黒騎士号が並走を始めた。
「すばらしい試合でした。我々の衣装の弱点を突いてくるとはお見事でした。ではまたの機会を楽しみに。さらば!」
別れのあいさつをすると、黒騎士号は猛スピードで異時空間の彼方に消え去った。
「燃料残っていたの?」
瀬名がぶ然としつつ矛盾口にするが、幕太は、瀬名をなだめた。
「ふへへ、レース終わったから自動的に補充されたんじゃないかな。だってここは」
幕太の声は軽やかだ。
「だってここは異時空間だもん」
二人の前に小鳥遊《たかなし》管理官《かんりかん》が現れた。
「一年と三時間ぶりにこんにちは!」
と瀬名がとてもいい笑顔を小鳥遊管理官に向けた。
「お久しぶりです、楽しかったようですね」
小鳥遊管理官が声をかける。
「勿論!」
言った幕太の顔にも最高の笑みが広がった。二人は腕を小鳥遊管理官に向けて突き出した。
「パワー ホールド ダウン」
瀬名と幕太の腕の刻光《こっこう》が白から青に変化した。
「封印完了《ふういんかんりょう》。一年と二時間四分前に帰宅させます」
小鳥遊管理官は笑顔から真面目な顔に変わった。
「ゲートアウト スペースタイムジャンパン シーユーアゲイン!」
ヴオォォオオン
現実の世界の現実の門限時間が迫ってきていた。
「楽しかったね」
「また遊びにいこう」
言いながら、二人はいつの間にか繋いでいた手を、そろりと離した。夕日のせいで、二人の顔は赤かった。
(カーレーサーごっこ 後編 終わり)
自転車は先頭を交代するのが、マナーって初めて知りました。
F1は、追い抜きポイントが少ないので、車どうしの競り合いが見どころになっていると思います。
今回は、F1をイメージしたカーレースのお話にしてみました。
自動車学校のネタ思い出してくれてありがとうございます!そうなんですよね。時速20キロが、凄まじいスピードだと感じていたし、その時の気持ちが、文章にそのまんま現れていると思います(^^;。