自作小説「いじめられない子供」第八話(全九話中)
- カテゴリ:自作小説
- 2021/08/30 09:15:12
第八話 事件の収束とその余波
騒ぎが大きくなりつつあることに気が付いた畑中(はたなか)先生が、事態収拾のため動こうとした。その時、思わぬところから声があがった。
橋本紬(はしもと つむぎ)だった。紬が新品の「超理解 爬虫類ワールド」を畑中先生に差し出したのだ。
「わたしが、返却手続きの終わっていない本を持ち出し紛失しました。ごめんなさい」
橋本紬が言えば、それが『解』である。畑中先生は、紬にまっすぐすぎる目を見て言った。
「わかりました、橋本さんが紛失したということですね?」
「はい」
紬がきっぱりと肯定した。
「見つからなかったので、お母さんに買ってもらいました。黙っていてごめんなさい」
紬は頭を下げて謝罪した。
紬の謝罪を受けて畑中先生はただちに事態の収拾を動いた。橋本さんから謝罪があり、本も弁償されたことが子供たちに伝えられたのだ。
紬が主張するなら、そういうことなのだ。子供たちの遥斗への批判があっという間に鎮火していった。
遥斗(はると)は、真実が覆われてしまった戸惑いがあった。しかし、批判の視線が消失したことに、自らを納得させるしかなかったのである。子供社会の力学に歯向かうことは決して出来ないのだ。
一番困惑したのは無論、大崎留美(おおさき るみ)である。自作自演の騒ぎを引き起こした結果、最大の味方であり後ろ盾と信じ込んでいた紬が想定外の行動にでたからだ。犯人として泥まで被った紬の真意を測りかねた留美は、初めて紬に対して怖れを抱いたのだ。
留美は荒木舞(あらき まい)が言っていたことを思いだした。『質(たち)が悪い』――紬のことを評した言葉が留美の頭の中にこだました。
「大崎留美さん」
留美は、紬に声をかけられ、硬直した。紬が言った。
「私しか見ていないから。もう終わりにしよう」
「見ていたの?」
留美が震える声で聞き直した。紬はまっすぐな視線で留美を射抜いた。
「見ていた。でもこれで終わり。いいよね?」
その場に崩れ落ちそうになるのを、留美はようやくの想いで持ちこたえる。
「わかった……」
紬はニッコリ笑う。
「よかった!」
晴れやかな笑顔を残して、紬は留美の元を去っていった。留美は、紬が自分の後ろ盾をする存在ではないことを思い知った。
騒動があって数か月後、クチナシ工場に勤務していた二名に昇進を伴う転勤の辞令が出た。異例の時期に異例の二名の移動であった。寺田と田本という苗字の社員であった。
二名の名前をきいた時、荒木沙耶(あらき さや)は小さく眉をしかめた。何かが引っかかった。しかし、沙耶はその原因を思いだせなかった。
「そうなんだ、あんたのお父さんの実家って七瀬産業の本社があるところなんだ」
「うん、母さんはクチナシが地元だから、ちょっと動揺しているけどね」
寺田遥斗(てらだ はると)はクスリと笑った。久しぶりに荒木舞(あらき まい)と話し込んでいたところだった。
「ちょっと寂しくなるな」
舞がポツリと言う。
「俺は、ワクワクしているんだ」
遥斗はまだ見ぬ生活に興奮を隠そうとはしなかった。
「じいちゃんとばあちゃんが住んでるし、馴染みもあるからさ」
遥斗は言葉を続けた。
「リセットしたかったし、ちょうどいいタイミングだと思うんだ」
遥斗がこの土地の閉塞から一抜けするのか。舞は遥斗が羨ましかった。
「私も絶対ここを脱出するから」
舞が遥斗の手を握った。
「うえっ、お、おい……」
手を握られた遥斗はしどろもどろになる。しかし舞は遥斗の手を離さなかった。
「今は全然だけど。成績もっとあげて、私も都会に行くから! 待っていて」
「そのために勉強しているのか?」
「いろいろ『力』を付けたいんだよ」
遥斗の問いに舞は曖昧(あいまい)に答えた。遥斗は出て行く人間だ。クチナシ市の子供社会の力関係から脱却する遥斗に今更、説明する必要はない、と舞は思うのだ。
クチナシからの脱出――舞が大人になるために必要な目標がもう一つ明確になった。
「大人になったら、また会おう!」
舞は遥斗の手を握り、誓う。
「う、うん」
「絶対、絶対会いに行くから」
「じゃあ、約束だ!」
子供の約束は純粋だ。二人は願えば約束はかなうものだと信じている。純粋に未来を信じる子供の姿がそこにある。
寺田遥斗は家族とともに引越して、クチナシ市を去った。
(つづく)
どんでん返しとか、逆転してスッキリ、そういう展開を避けかった、その結果がこれだと思います