オリンピック反対派を扇動していた中核派とはどんな組織なのかと言うとかなりの恐ろしい過激派殺人組織な訳。
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【東京五輪】開会式が異様ムード 静寂をかき消す反対派の怒号「中止しろ!」
略
だが、静寂になるたびに会場外で抗議デモを行う五輪反対派の「五輪やめろ!」「中止しろ!」の怒号がこだまする異様な雰囲気となっている。 天皇陛下のお姿が大型ビションに映し出され、日本の国旗が運ばれ、MISIAの「君が代」を歌っている間もデモ隊はお構いナシ。場内が少しでも静まるたびに反対派が声を上げ続けている。
https://news.yahoo.co.jp/articles/d550ecb5b0ee72d8e4dbb492356507cbee940584
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↑で其のデモで中核派の活動家が捕まってオリンピック反対派の正体がバレた訳。
で、彼らはどれほどやばい奴らかと言うと一応ブリタニカでは
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新左翼の二大党派の一つ。革命的共産主義者同盟(革共同)全国委員会と,その下部組織のマルクス主義学生同盟(マル学同)・中核派の通称。労働者組織はマルクス主義青年労働者同盟。マルクス・レーニン主義を信奉する。1957年に結成された日本トロツキスト連盟(のちに革命的共産主義者同盟〈革共同〉に改称)が母体で,1958年の第1次分裂でトロツキスト同志会が,翌1959年には革共同全国委員会が誕生(第2次分裂)した。1963年に革共同全国委員会の黒田寛一議長と本多延嘉書記長が路線対立から分裂し,黒田が分派して革マル派を,本多が中核派を結成した(第3次分裂)。ともに世界革命を目指すが,中核派が大衆運動を重視するのに対し,革マル派は思想学習や組織論を重視し,ことごとく対立している。1970年に両派の内ゲバで革マル派の大学生が殺され,以後武装抗争がエスカレート,1975年には本多書記長殺害事件が起こった。1966年社会主義学生同盟(社学同),社青同解放派と三派全学連を結成(→全日本学生自治会総連合)。過激な闘争形態をとり,ベトナム戦争反対闘争,安保闘争(1970。→安保改定問題),沖縄返還闘争などを展開した。拠点は前進社。
https://kotobank.jp/word/%E4%B8%AD%E6%A0%B8%E6%B4%BE-154575
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↑公出ているけど
割と知られている殺人事件は
「東京教育大学生リンチ殺人事件(とうきょうきょういくだいがくせいリンチさつじんじけん)とは、1970年(昭和45年)8月3日に東京都で発生した内ゲバ殺人死体遺棄事件。被害者の名前を取って「海老原事件」とも呼ばれる[1]。(ウィキより)」等があるけど其の他は有名な所で
「川崎市女子職員内ゲバ殺人事件(かわさきしじょししょくいんうちゲバさつじんじけん)とは、1975年(昭和50年)3月27日に神奈川県川崎市川崎区で発生した中核派による内ゲバ殺人事件。中核派と革マル派による内ゲバは殺人を伴う激しいものになっていたが、女性が殺害された事件は全国で初めてであった[1][注釈 1]。(ウィキより)」がある。
後は多数あるが今思い出せる有名どころはそんな感じで要するに平然と殺人を組織的に起こす過激派組織の一つです。
後はかなりバレるとやばい所と多数繋がりがあるらしく警察のガサが入ると「水に溶ける紙」を使っているらしく風呂場でそれらを総て水に溶かして証拠隠滅を図ったと新聞記事で読んだ記憶があるけど。
其れだけ日本国民に知れるとやばいあちこちとの裏のつながりがあるんだなぁと思った記憶がある。
だからテレビに出ているコメンテーターとやらが中核派と繋がっていたとしてもそんなに驚かないかなぁと思う。
まあ、今回のマスコミの行動でまるでそんな事は無かった様な報道をしつけて人々から自分達が何をしていたのかを忘れさせようと別の所へ目を向けようと必死の行為をやり続けて居るマスコミだが、日本国民は彼らが日本へした攻撃は決して許しては行けないと思う。