久し振りに伐株山へ行きました。
- カテゴリ:日記
- 2021/08/01 22:30:16
毎日猛暑の続く今日この頃、皆様如何お過
ごしでしょうか?
先日(8月1日)、中学生時代のサークル活動の
夏のキャンプの時以来、約30年振りに大分県の玖珠町を父親の運転する車で訪れました。
久し振りの伐株山(きりかぶやま)は車で上がってみると、東屋(あずまや;無料休憩所)や、ブランコ、立派な休憩スペース(一見すると喫茶店の様な)があり、
10年ひと昔とは言いますが、余りにも風景が変わっていて、面影が残ってなかったのでややショックでした。
同じ玖珠町の豊後森藩資料館は、1階が図書館となっていて見た感じ中々素敵な図書館でした。
豊後森藩資料館は入館料の¥100を払うと職員の方が玖珠町を昔治めていた来島村上家の事について説明がありました。
それによると、毛利家が中国地方を治めていた時の村上水軍は、能島村上家、因島村上家、来島村上家から出来ていて、海上を通る船舶から通行料を取っていたみたいです。
1555年の厳島の戦いの際に因島村上家と能島村上家は毛利家について、来島村上家は織田家について
戦い、一時形勢が悪くなった際に撤退し関西の方で匿われていた様です。
やがて、織田 信長とその後を引き継いだ豊臣 秀吉が天下を取ると、来島村上家は1番強い勢力となり、豊臣家が天下を治めていた時に福島 正則の所にいた養女と結婚した者が来島村上家の中にいたので
、徳川 家康が関ケ原の戦いで勝利した際に関ケ原の戦いの途中で早めに寝返った福島 正則が家康を説得した事で治める者がいなかった玖珠郡森藩を治める事になったみたいです。
凄く解りやすい説明だった事と久し振りに伐株山を
訪れた嬉しさから伐株山城跡の御城印と角牟礼城跡の御城印を¥600で買いました。
見学が終わった後、10分程歩き末廣神社を参拝し、御朱印の書置きを¥300で買いました。
最後に¥250で入れる源泉かけ流し湯の温泉に入り、買い物を福岡県うきは市でして帰りました。



























なかなか素敵な行程。
私も近くなら行ってみたいなぁ。
いいですね^^。