1/15 キラキラと4択
- カテゴリ:タウン
- 2021/01/15 06:16:11
仮想タウンでキラキラを集めました。
2021/01/15
集めた場所 | 個数 |
---|---|
ペット海浜公園 | 3 |
自然広場 | 10 |
4択 「ラーメン」
キラキラ 「ペット海浜公園」 左端 自動販売機
「自然広場」 花壇の右上 角
4択 スキー場で食べたいランチは? → ラーメン
うどん美味しいよ!!お出汁の香りがふくふくしていて、あったかくて優しい味だよ!(アピール)
スキー場には2回しか行ったことがない。
あのごっつい自分がガンダムになった気分になれる靴をはいたままスキー場横の食堂のところで食べた。
何を食べたか覚えてないがそんな皿数がないあったかいものだった。
選択肢も全部1皿で食べられるやつだw
どんぶり、うどん、ラーメン、カレー。
日本は1皿で食べられる食事が割と多いな。
丼ものなど誰が考案したのか知らないが、日本にもサンドイッチ伯爵のように「手早く簡単に片手で食べられるものが欲しい」と思ったのだろうか?サンドイッチ伯爵は遊ぶ為だけどさ。
丼の歴史を見てみたよう!(選択肢はラーメンだったけど丼が気になったので)
日本において以外に丼の歴史は浅い。
ご飯とおかずは別々に食べていたようだ。
室町時代に芳飯(ほうはん)という料理が流行したことがある。
芳飯とはご飯の上に野菜や魚を刻んでのせその上から味噌汁を注いで食べたものだ。
食べやすい上に見た目もキレイだと(・・え?きれい?)特に上流階級で流行したと当時の『御湯殿上日記』に記述にあるらしい。当時の宮中の食事処に勤務していた人の記録だ。
具材をそれぞれ調理した上でご飯の上にのせ、夏は冷たい汁を、冬は温かい汁をかけたとも言われている。
でもこれは1椀で食べられるとはいえ、丼とはちょっと言い難い。
では今の丼の形態であるものはいつ?
うな丼の原型となる鰻飯が登場するのは19世紀はじめ(文化年間:1804~1817)。
天丼や深川丼と呼ばれるようになる深川めしの誕生は江戸末期以降だ。
日本はご飯、おかずを1口づつ口に運ぶのが主流であった。
しかし江戸の町人文化が花開くようになり「飾らない」食事というものが職人達から広がっていく。
ぶっかけ蕎麦(現在のかけぞば)が常食となり、おかずを全部飯の上にぶっかけた。
江戸時代によく食べられた「胡椒飯」も胡椒とご飯を混ぜたものの上にだし汁をぶっかけたものだ。
明治時代に入ると牛丼、親子丼ときて、大正時代にカツ丼が考案されている。
丼の歴史はここ100年ぐらいのものだった。
現存する最古の天ぷら屋は浅草雷門の「三定」というお店で、このお店が天丼の発祥だという説もある。開店は1837年だ。
江戸時代は揚げた天ぷらを甘辛いつゆにどっぷりと浸してから飯の上に乗せていたが、今は飯の上に天ぷらを乗せつゆを回しかけるのが主流となっている。
今では丼は「飯の上におかずをのせる」という定義でどんどん新しいものが作られている。
手早く作れて洗い物も器1つでいい丼。
限られた調理場しかないスキー場にもいいと思うのだが、2回しか行っていないので丼がメニューにあったか覚えてない。
でも胃袋も暖かくなる汁物がやはりいいなぁ。
うどん!うどんで!!!よろしく!
子どもの頃、お出かけといったら冬のスキーだったな~楽しみはお昼のうどんとソフトクリームであった^^
スキー場の食堂で順番待ちをしていたら、新聞記事の切り抜きが貼ってあったことがある。
内容は、スキー場近くのトンネルで、白いワンピースを着たロングヘアの女性が歩いていたのが目撃されたというものだった。ちなみにそのトンネル、全長9キロほどある。。。((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
ライフでうどん作って餌付けしたっけ。
ニコ店のメニューにないのが残念だわ。
うどんよりラーメンが多いのは、もしかしたらラーメンの方が高く売れるからかな?
昔行っただけだから今は知らないけど、当時も一食1000円位だったと思う
うどんで1000円とりにくいけど、ラーメンならとれるみたいな?
わからんけどね
丼では親子丼が一番好きかなあ
次が天丼
ま、ダイエット的にはご飯とおかずを分けて食べた方がいいらしいけどね