Nicotto Town



自作小説倶楽部11月投稿(2)

『春を待つ殺人』(後編)


顔に降りかかった温かい液体のぬめる感触に俺は目を開けた。俺が握ったものの先に男の顔が半分見えていた。握った柄の感触から、握っているものが斧の柄だと気付く。たった今、薪割りのために立て掛けてあったものだ。突きだされたものを凶器だと認識していなかったのか男は斧に突進していた。男の身体が俺に向って傾く、後になってそれは致命傷を負って倒れそうになったのかもしれないと気が付いたが、その時の俺にそんなことを考える余裕は無かった。
悲鳴を上げ、斧を引き、さらに振り下ろした。
かつてはモヤシとからかわれた俺も山での生活で少しは力をつけていたのが男にとって災いした。斧は男の頭蓋骨を砕き、頭を潰した。
気が付くと男は絶命し、あたりは血の海だった。
正気に戻った俺が感じたのは静かに山奥で暮らすという生活設計を台無しにされたという絶望だった。正当防衛が認められたとしても山小屋の管理人の仕事は首だろう。
そこで、やっと俺は彼女が姿を消したことに気が付いた。さすがの彼女も阿鼻叫喚の事態に逃げ出したのだろう。そしてその結果がどうなるかにも。
    ◆◆
「ひやあ、寒かった」
「酒ないの? 熱いやつ」
「食事は何?」
登山客たちは雪の中を歩いて来たというのに活気に満ち溢れている。これが最後になるのかと思いつつカレーをかき混ぜた。
「お兄さん、カレー美味しいね。お爺さんと同じ味だ」
山小屋の常連らしき客が笑顔で褒めてくれる。
「ありがとうございます。あの、俺は一身上の都合で辞めるけどレシピは次の人間に必ず伝えます」
「ええ? まだ勤め始めて一年だろう?」
「すいません。旅に出ようと思って」
行方不明の車の持ち主はどこにいるんだろうね。誰かが事件の話を持ち出す。大勢の中でも俺の耳は過敏にその話題に反応する。山に入ったと思しき持ち主の男も連れらしき女も行方不明のまま、大掛かりな捜索も冬将軍の前に早々に打ち切られた。地元の警察も春を待つしかないという心境のようだ。
   ◆◆ 
念のため男の死体を隠し、身体に付いた血を適当にぬぐってから俺は山道を下った。
彼女はすぐに見つけることが出来た。足を滑らせたのだろう。崖の下で死体の首の骨は折れていた。険しい山道をおしゃれなブーツで走ろうとしたのだから当然の結末だ。
それから俺は二日がかりで一人で彼女の死体を引き上げると、斧で適当に傷をつけて男の死体とともに雪が深くなる場所に埋めた。
    ◆◆
春になれば、俺は考える。
さすがに警察か誰かが男女の死体を発見するだろう。雪の重みでつぶれた死体からでも損壊された跡は見つかるはずだ。そして、警察が山小屋を訪れ、俺に何か知らないか聞く。一見筋が通ったような証言をして少しおかしなことを言う。
逃亡しようか? さも観念したかのように自白しようか?
刑期を長くするにはどうすればいいか。春までゆっくり考えよう。辛かった薪割りがいつの間にか出来るようになったように、苦痛もいつかは和らぐ。

アバター
2021/02/09 20:21
「春を待つ殺人」挿絵をどうぞ
http://ncode.syosetu.com/n2092gk/21
アバター
2021/02/08 20:15
カレーのお肉で証拠隠滅かと思ったら違ったー(←鬼畜)
たしかに刑務所暮らしは平和だけども、だいぶ頼もしくなったんだから、
無人島とかで、とったどー!生活するのもいいかもですね。
引きこもりたい主人公に幸あらんことを。
アバター
2020/12/09 19:15
主人公、
このまま逃げ切れるといいですね
アバター
2020/12/06 13:35
気の毒な犯人さんに同情するとともに、
わるい被害者さんのために合掌。
アバター
2020/12/01 21:52
この話、何もしなければ主人公は無罪だったけれど、死体損壊と遺棄罪がつきました。ここまできたら、雪がうすくなったら、深い穴を掘って、遺体を埋めた方がいいように思えました。

毎度面白いお話をありがとうございます。



月別アーカイブ

2024

2023

2022

2021

2020

2019

2018

2017

2016

2015

2014

2013

2012

2011

2010

2009


Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.