きらきら、ぜーんぶ佐倉の縄文展 1
- カテゴリ:タウン
- 2020/11/08 08:48:41
仮想タウンでキラキラを集めました。
2020/11/08
集めた場所 | 個数 |
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おしゃべり広場 | 3 |
神社広場 | 4 |
きらきら、おしゃべり、神社、ビーチバレー
土曜日に佐倉に出かけてきた。佐倉に行くのはほとんど初めて。江戸時代、幕末に佐倉順天堂などの医学施設があり、蘭学、西洋医学の先進地だった佐倉藩の城下町ということをなんとなく知っていた。佐倉城のあった佐倉城址公園には、国立歴史民俗博物館がある……。いや、実は今回行くきっかけとなったのは、佐倉市立美術館で「ぜーんぶ佐倉の縄文展」(二〇二〇年十月二十七日─十二月二十日)という企画展が催されると知ったからだった。地図などを見ると国立歴史民俗博物館も近い。それで二つとも行くことにしたのだった。
ほとんど初めてというのは、数十年前に佐倉市にあるDIC川村記念美術館にいったことがあるから。当時は電車と送迎バスでいった。佐倉駅に降りた筈だが、美術館にゆくための通過地点でしかなかった。美術館の庭園に池があったのを覚えている。
今度は車で。砧公園などの緑深いところから首都高に入る。土曜だったが比較的車は流れていた。車でほんの十五分、二〇分程度で、すぐにビルたちが立ち並ぶ、いわゆる都会的な景になる。バイトも家の近所のため、元々イベントぐらいでしか出かけなかったが、コロナの影響でそれもなくなったので、こうした景色、珍しいような気がしたが、改めて、息がつまりそうだと思った。緑が少ない。にょきにょき生えている新しいビルたち。二十代後半から三十代前半のころ住んでいた街のあたりを通った。あの頃からガヤガヤしていたから、それはぱっと見る限り、あまり見た目に変わらない。あの頃、神宮外苑、青山墓地、有栖川宮公園など、近くには緑が比較的多かったが、空気が悪かった。車の排気ガスのせいだろう。自転車通勤をしていたのだが、しょっちゅう煤のついた鼻水が出ていた。いまはもうすこしきれいな空気になっているのだろうけれど。青山墓地の緑を眺めながら、そんなことを思い出した。
レインボーブリッジを通る。海が見えた。だが建物と埋め立て地だらけで、海が運河のようだ。そこには広さがない。あちらが水平線だろうか、そう思っているうちにまたビルで見えなくなる。
それでも千葉に入り、しばらくゆくと、緑がすこしずつ増えてきた。勝手だがほっとする。若い頃は、ビルたちをきれいだと思っていたのではなかったか。どうだったか。都会で働いていたとき、住んでいたとき、欲していたのは、公園の緑たちだった気もする。
緑の多い、起伏のある土地になった。佐倉だ。城下町だったことがわかる、昔ながらの整然としていないまがった道が多い。車のナビの地図をみると、なんとなくここも昔は城下町の一画だったのだろうとしのばれる道たちだ。
(この項続きます)
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