Nicotto Town


うみきょんの どこにもあってここにいない


きらきら、東京都埋蔵文化財センター その2

仮想タウンでキラキラを集めました。

2020/09/23
キラキラ
集めた場所 個数
おしゃべり広場 15
展望広場 3


きらきら、おしゃべり、展望。
四択が、PL。


多摩の埋蔵文化財センターにて、続き。

 二階展示ホール入口で消毒と検温。入場人員は、併せて一〇人に満たない程度。そのあと、企画展と常設展へ。企画展は「リケイ考古学 イマドキの探ると守る」(2020年6月1日~2021年3月10日(水))。
 解説やチラシなどには、「考古学というと歴史学の一部としての文科系科目、いわゆる“ブンケイ”の印象が強いですが、近年の埋蔵文化財の調査・研究には理科学的手法が多く用いられています。  小さな炭粒や骨片、土器に残された小さな穴、真っ黒な紙片…一見何なのかわからないものを調査し新たな事実を明らかにすること、そして発掘されたままでは壊れて失われてしまう文化財を保存し未来へ伝え残すこと。調査研究から保存修復まで埋蔵文化財の様々な場面で活躍する理科学的手法―リケイ考古学―の一端をわかりやすく展示いたします」とある。
 これらによって、四季折々の生活や、時代の一片が見えてくるということ。文化的なことと理数系なものたちが混ざり合い、わたしたちに教えてくれることたち。
 こうした企画の試みに、敬意を表した。ありがたいことだと思った。だが勝手なわたしは、常設により心を惹かれた。あるいは、これも今の状況では仕方ないことだが、学芸員さんやボランティアでの解説などがあったら、良かったなと思った。
 そういえば、入口の左右にひとつづつ、ちょうど門のように、展示されているものたちに、惹かれた。むかって左が《丘陵人(おかびと)の肖像》(八王子市堀之内、№72遺跡 縄文時代中期前半)、右が《多摩ニュータウンのヴィーナス》(稲城市若葉台、№471遺跡、縄文時代中期前半)。それぞれ、ひとつづつ、ガラスケースの中に収められていて、一押しというか、存在感を押し出したものだった。前者が、円形の顔だけで、お面のようだが、それにしては小さい。だが、おそらく貼り付けられたのであろう、眼、鼻、口に存在感があり、とくに三角形に開けられた口の無言の問いかけが印象深い。展示解説によると、「有孔鍔付土器の装飾として貼り付けられたものと考えられます」とあった。 そして後者の《多摩ニュータウンのヴィーナス》は土偶。「中期前半の大型土偶の好例」と解説にある。よくわからないが、ほかの多摩ニュータウン遺跡から出土した「背面人体文土偶」(小型で、顔や足の表現が省略されたもの、描かれた文様も人のようにも見える)たちは、大の字に、胸や正中線が見られる、妊娠した女性をあらわしたのであろうが、もっと平面的で、たとえとしては、ちがうかもしれないが、流しびなを想起させるものだった。対して、こちらの《多摩ニュータウンのヴィーナス》は、もっと立体的で、顔も、腰から下もどっしりとしていて、安定感がある。その表情もどこか穏やかで、笑みを浮かべているようで、心にしみた。
 「背面人体文土偶」のほうは、常設展示のなかで、あとで見たものだが、なにか、祈りがこわいぐらいで、わたしがどうこういうのがはばかられる、重みがある。
 その常設展示で、縄文時代早期・前期(前期中頃が約6000年前)から、縄文時代中期(約5000年前)、縄文時代後期(後期前半が約4000年前)の土器たちを見る。やはり中期のものが充実している。土偶、石棒、黒曜石にヒスイなどの、別の場所から運ばれてきたものの出土、他の地域(山梨、長野、東北)からの影響が見られる土器たち。
 またここでも、蛇をモチーフにした縄文土器に出合った。再生なのだろうか。恐れなのだろうか。《縄文土器 深鉢》(八王子市堀之内、№72遺跡、縄文時代中期、勝坂式土器)。
 土器のたたずまい、力というのだろうか。縄文時代の人々の息吹が、気配として、みなぎっている。たぶんそうしたものたちを、わたしは求めているのだろう。かれらのかつてを感じること。
 ここのセンターには、体験コーナーもある。コロナウイルスの影響で、休止しているものもあったが、思ったよりも、体験できるものたちが再開していて、それがうれしかった。出土品に因んだスタンプを押してハガキを作る、棒と紐で出来た器具を使って石を切る、火を起こす(火は出ない)、縄文パズル他。縄文土器に触る、縄文時代っぽい服を試着する、それは休止だが、充分だった。体験コーナーから、特別収蔵庫がガラス越しに見える。これは展示室で展示しきれないものたちを収蔵したもの。たくさんの縄文土器たちが並んでいて、みていて、心がさわぐ。加曽利式、勝坂式…。
 アンケートに答えると出土品たちが並んだ素敵なクリアーファイルがもらえるというので、せっせと書いて、頂いた。前もたしか、ちがう図柄のクリアーファイルをもらったっけ。出品目録、常設展と企画展の図録、チラシなどを挟む。
 展示ホールを出て、縄文の村「遺跡庭園」へ。№57遺跡を保存する目的で作られており、移築も含め、復元した敷石住居、竪穴住居、住居跡に盛り土をして再現した模型などが園内にある。植栽されたのは、縄文時代(5000年前)の植物たち。クヌギ、コナラなどのドングリたちが、もう早々と、足元に落ちていた。ここでガマズミの実をひさしぶりに見る。スイカズラ科の植物で、赤い実は食べることができる。子どもの頃、近くの林で成っていたその実を、父親と食した記憶がある。すこし酸っぱいが美味しかった。またこんなところで出会えるなんて。
 竪穴住居たちの中にそっと入る。今回は住居内での火炊き(保全のために必要)をしていなかったが、匂いがあった。燻された、大切な営みの匂いだ。
 これらを回って、最後のほうで、北斜面の湧水の跡へ。湧水といっても、今は水が流れていない。水脈が切れてしまったと説明がある。ここに来るたび、そのことに気づかされ、すこし寂しさを感じてしまう。仕方ないことなのだが、ここより、二十数キロ、はなれたうちのほうでは、まだかろうじて、湧水が流れているというのに。
 わかわかしい、緑のドングリをいっこ拾った。持って帰る。
 そのあと、帰路へ。とちゅう、物産館のようなところで、晩ご飯のための食材などを購入した。家の近くであるのに、観光で来た、道の駅かなにかのようだ。
 こうしたことも、日常と非日常のやさしいあいまいさなのだろうと思う、
 来ることができて良かった。帰り道はあまり混んでいない。日が暮れるのがだいぶ早くなってきた。

(この項終わりです)

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