【幕間】
- カテゴリ:自作小説
- 2009/10/11 15:53:33
昔話をしよう。
男ばかり七人兄弟のいる、ある旧家があった。
跡取りとして男子は必要だが、それは一人か二人、せいぜい三人もいれば十分で、いくらなんでも、七人は多すぎた。
そのうちは、家格こそ上位で由緒はあるものの、先代の些細な失策が原因で、少しずつその家の政治上の勢い、というものが削ぎ取られて行ってしまったていた。幸いなことに、上の六人の男の子は、そこそこ優秀で、長じれば家の再興に役立ってくれるだろう、と思われた。
問題は、一番下の子だ。
彼は繊弱なうえ、人見知りが強く、好奇心だけは旺盛で、呑み込みも早いくせに、自己主張、というものがほとんどできない性格だった。つまり、優秀さ、という点では上の六人とそこそこ張り合えるものの、強さ、という点では、著しく劣ってしまうのだった。
当主である彼の父は考えた。この子は上の六人と同じようには扱えない。下手に外に出せば天寿を全うする事もおぼつかないかもしれない。いや、被害が本人だけで留まるなら、まだいい。下手をすると兄たちの足を引っ張るような事態に陥るかもしれない。かといって、ずっとうちの中に留めておくほどの余裕も、ない。いっそ女の子であれば……と考えたほどだった。
ほどなくして、その家の末の子の葬儀が、ひっそりと執り行われた。
数年後、件の旧家に養女として迎えられたという娘のお披露目が行われた。
その娘の容姿や振る舞いがどんなであったか、はさておき、翌日からその娘のもとには、縁談がちらほらと舞い込むようになった。最初のうちは、娘がまだ若いから、という理由で保留にしているうちに、立ち消えになってしまったものも多かったが、何件かは、しつこく食い下がった。やがて熱心な求婚者も加わり、娘のもとには、連日求婚者たちからの何かしらが届くようになった。それに対する娘の態度は、曖昧なものであったが。
娘の縁談が調ったのは、十八の時。相手は申し分のない家柄の、娘よりも幾分年上の青年だったそうだ。二年間の婚約期間を経て、二十歳の誕生日を迎えると時を同じくして、結婚に至る、事になっていた。婚約期間が長いのは、相手が国内にいなかったため、だそうだ。
しかし。
二十歳の誕生日を目前に控えたある日、娘はこともあろうに結婚相手の家に仕える魔法使いの一人と、手に手を取って出奔してしまった。娘の出奔と、その魔法使いとを結び付けた者はいなかったが、数年後、その魔法使いから父親のもとへ届いた短い手紙によってそれが判明したのだった。
手紙の内容は「子どもが生まれました。手出しはしないでください」だった。
「……それで、その昔話の着地点は?…っていうか、どういう意図があって聞かせた?」
「…ああ、登場人物の名を言ってなかったな。娘の名は、エミーリア・アウレリス。不始末のせいで、家系からは抹消されている。…もともとそのうちにはいなかった人間だしな。件の魔法使いの名は、クラウディア」
「…………えーと……」
「平たく言えば、うちの祖父母の話だ」
「……」
「祖父は二十歳になるまで女性で通し、結婚目前にまでこぎつけたんだぞ」
「…それは、相手を騙し通した、ってことか?…どの程度まで?」
「さあ?そこのところは教えてくれなかったけど」
「…いや、問題にするところは、そこじゃなかった。…それで、どうしろと?」
「えーと…素質があって、やる気があれば、その歳でもドレスくらいは、着こなせるんだよ、って事、かな?がんばれ」
そう言って、白粉を含ませたブラシで顔を刷く。頬やまぶたの上に載せた色が、紗がかかったようにぼかされる。
「……がんばれ、って言われても」
綺麗に化粧された顔が、途方に暮れたような溜息をついた。