【青金石】(「契約の龍」SIDE-C)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/10/09 09:04:07
会場は、一種の異様な雰囲気に包まれていた。ここで目立とうと思ったら、人じゃないものに化けるくらいしないといけないかもしれない。
「よかったね。これならお望みどおり目立たずに済むかもしれないよ」
「目立たない、というか…目が天井の方をつい見てしまうんだが。天井の方に何かがある、という訳でもないのにな」
「いくら祝祭とはいえ…昼間からこんなに酔っ払いが多いのも、わかる気がする。…けど、逆に悪酔いするんじゃないか?」
「同感」
会場の雰囲気の異様さに、入り口から一歩も足が進まない。
「おや、ようやく見るに耐えるご令嬢のご登場かな?」
聞き覚えのある声がした。アレクが軽く後ろに体を引く。
「ええと、その声は…《ラピスラズリ》?」
声のする方に顔を向けると、何やら動物の被り物を被った紳士が佇んでいた。服装は普通に礼服だ。
「御名答。何やら用があるとか」
ジリアン大公の遺体の件、だ。連絡を取ってくれるように頼んだだけなのに。
「こんな時期に、申し訳ありません。喪中でいらしたのに」
「いえ。あの子たちに私がしてやれることは、大してありませんので」
「…あの子たち?」
「ああ、レニス大公の…ジリアン大公のお孫さんで」
「あ、えーと…シェリー、とかいいましたっけ、母親の名は」
「シェリル、です」と横から冷静にアレクの訂正が入る。
「そう、シェリルさんでした。生まれてらしたんですね。…でも、してやれる事がない、って?」
「この場所では、ちょっと。あまりふさわしい話でもないし」
「あまりおめでたくない話題なんですね?要するに」
「まあ、そういった事です」
「私の方の話も、そのような話なので。…でも、そういう話をする雰囲気ではありませんわね」
まだ始まってもいないはずなのに、頭が痛くなるような狂騒状態だ。先が思いやられる。
「…まあ、あまり深刻な話をするような雰囲気ではありませんね、確かに。ところで、先程からそこで途方に暮れているような風情の美女は…いつも一緒におられる方ですか?」
「あら。せっかくの作品に仕上げましたのに、私が一緒にいたら、素性がばれますか?」
「いいえ。わざわざ美貌を損なうような化粧の仕方があったのか、と驚いているところですよ。…しかも、自然だ」
不意にアレクが横から手をのばしてくる。
「陛下のご登場だ」
アレクが視線で示す方に目をやると国王夫妻が揃ってやって来るところだ。
「ようやく開始、のようだな」
そうつぶやいたアレクが、そのまま私を抱き寄せる。
「アレク、今自分がどんな格好してるか…」
「忘れられる訳がなかろうが、息苦しくて。人目があっちに向かってる間くらい休ませてくれたって文句を言えまい?」
…なるほど。
「姫。そこであっさり納得されませんように」
《ラピスラズリ》が苦笑を洩らす。被り物をしているので、表情は見えないが。
「…は?」
アレクが私の肩を抱く手に力を込める。ちょっと苦しい。
「本当に、微笑ましいなあ。そんなに警戒しなくても。掻っ攫ってったりしないのに」
肩越しにアレクの方を振り返る。綺麗に化粧した顔が間近に見える。
「警戒?どうして?」
「クリスの「金瞳」の事を知ってる男は、みんなクリスの事を孕ませたがってる、と疑ってかかった方がいい」
《ラピスラズリ》に聞こえないようにか、息だけでアレクがそう囁く。耳元が妙に熱い。
「…まさか。…っていうか、自分は除けてない?」
「……俺も含めて、だ」
さっきよりもアレクの顔が近い。膝が砕けそうになる。
「…どうして急に?」
アレクが何か言おうとしたところで、《ラピスラズリ》のあきれたような声が割って入る。
「こらこら。いくら隅の方にいるからって、そんなに堂々と」
アレクが、私の肩をしっかりと抱えたまま応じる。
「煽ったのは、どこのどなたでしょうね?」
あの、どうでもいいけど、そろそろ開会宣言が終わりそうなんだけど。
「前の時は、ちょっとやそっとの挑発では、はぐらかしそうだったのに。何か状況に変化がありましたか?」
「この一週間で、クリスの「金瞳」の事が、思ったよりも広まってるって判ったので」
私の肩を抱いた手を、ちょっと持ち上げて、私の髪をかき上げ、耳朶に触れる。そこには、アレクがピアスホールを開けようとして苦闘した跡が残っている。
「ちょっと、印し付けには失敗しましたので」
「へぇ…ちょっと見ない間に、ずいぶんと変わったもんだねえ、君も」
一段高いところにいた人が、座るか何かして、人の頭に隠れた。と、同時に会場がざわつき始める。
「…残念」と言ってアレクが体を離す。
「そんなに心配なら、ずっとくっついていればいいのに」
《ラピスラズリ》の揶揄にアレクが答える。
「そんなことしたら目立つでしょう。せっかく、こんな目立たない恰好に造ってあるのに」
「…でしたら、少々彼女をお貸し願えませんか?このような場所で話すには、少々不向きな話題について話があるので」