夢のような時間。。
- カテゴリ:人生
- 2019/04/03 22:16:01
大学病院で、小児がんの病室の
子供たちが僕に語った「夢」です。
「学校に行ってみたい」
「お寿司が食べたい」
「大人になりたい」
「髪の毛が生えてほしい」
「元気になりたい」
「お父さんとお母さんを安心させたい」
「外で遊びたい、ゲーセンも行きたい」
「生きたい」
気づかなければならない。
僕らは今日、
「夢」のような時間を過ごしているということに。
BY うるっと速報 (facebook)
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今年最後のミスコン大会に参加してみませんか。
2組に分けるつもりですので、もし気分が乗ればどうぞ!^^
気楽にね。^^
妹が中学受験に合格してすぐ難病を発症し
幼稚園から頑張ってきた受験勉強だったのに
入学した途端3年間の入院生活。
20歳まで生きないから、覚悟しておくようにと言われて
我が家の生活は一変しました。
母は気が狂ったようになりこの子が死んだら私も死ぬーと号泣し続け
父は仕事人間でしたがますます帰らなくなり
私と次女は週末、滅菌室にいる妹にそれこそコロナ禍の現在のような
消毒マスク完全防護服着用して数分の面会。
一言二言話す妹の言葉は
「いつまで生きられるのかな」
妹は12歳でした。
幼稚園から受験に有利な厳しいカトリック系の幼稚園に入り
ただただ、中学受験の為だけに生きてました。
遊びに行ったり、友達と遊んだりなんてありませんでした。
幼稚園の頃の寝言が「殺せ!殺せ!殺せ!」
幼いながら辛かったのだろうと思います。
やっと自由になれるはずだったの。
だから、私は、どんなに辛いことがあっても、絶望的なことがあっても
生きなければいけない責任があるのです。
次女は耐えきれず、精神を病んでしまいました。
最近、私も疲れて疲れて責任を放棄しそうでしたが
改めて大切なことを思い出しました。
ありがとうございます。
小さい子なのに普通に私がしてることができないんだと思ったら、
私、頑張んなきゃって思いました!
こうさん、素敵なブログ有難う^^
今生きている事に感謝ですね。30代後半まで北海道。生まれも青春も結婚・離婚も北海道です。離婚して(3回)山梨・群馬・横浜・流れて今は千葉県です。千葉県内で3度の引越し。今少し落ち着いています。2人の子供と一緒に(女・男)生活しています。生きる為に働き子供にとっては毒親だったかも知れません。でも一つだけ自慢できる事が・・・。2人共素直で思いやりの有る事です。私が肉親に縁が薄いのでもしもの事があったら・・・其れだけが心配なの。そうそう北海道に住んでいたときは冬ストーブ(暖房)をガンガン焚き家の中では超薄着でした。(洗濯物は家の中に干す為)洗濯機はもちろん家の中です。
涙しました.........
BY うるっと速報初めて見ました。良いですね。
腫瘍治療中です。↑文章はそうなんですよね。
子供さんたちは健気に頑張っててじーんと心に響きます。
ブログ広場からお邪魔しました<(_ _)>