自作小説倶楽部12月投稿
- カテゴリ:自作小説
- 2018/12/31 22:49:13
『彼女の微笑みと鴉』
年の暮れ、駅前には行き交う人々が途切れることは無く、寒波にもかかわらず活気で気温が上昇しているようにすら感じられた。地上を歩く人々はそれぞれの道を急ぎ、ひとつのビルの屋上につながる扉が開いたことに気付く者はいなかった。
「寒ぃな」
先頭の男が扉を開けると背後にいた男は彼を押しのけ屋上に出て開口一番言った。
「そうね。でもちゃんと着込んできたから大丈夫よ」
続いた女が作り笑いで言った。男はそれに応えずフェンスまで歩き駅前を覗く。イルミネーションが点灯した駅前は別世界にあるように見える。
「遠いじゃないか。山野」
男は背後で鍵を握ったまま突っ立っている後輩を睨んだ。
「ええ、でも、落ち着いてイルミネーションを見るのはここしかないですよ」
「俺は美穂と二人きりになれる場所とは言ったが、こんな殺風景な場所とは言わなかったぞ」
「大丈夫。私、こういうの大好き。さあ飲んで。ホットレモネードが嫌ならホットワインもあるわ」
美穂と呼ばれた女が大きなバッグから水筒と食べ物を入れた包みを取り出す。
「あなたの好きなチキンサンドよ。山野君の分もあるわ」
美穂は男に飲み物の入ったコップを押し付け、山野には包みを渡す。山野が中身を取り出すのを見て男は舌打ちした。
下に行って呼ぶまで待っていろと命じたはずなのにこの馬鹿はもう手順を忘れている。
コップの中身をあおる。こんな場所でピクニックをする気はない。
男の意に反して熱く甘い液体は喉を潤し、体内に溶けてゆく。男は自分で考えるより緊張していた。
美穂は空いたコップにまた水筒の中身を注ぐ。男はまた飲んだ。今度はアルコールだった。シナモンが強すぎるのか苦く感じた。
美穂は男に笑顔を向ける。しかし男は気分が悪くなった。
「何を考えている」
うなるような問いに女は目をしばたたく。
「何が?」
「お前は笑っている時のほうが嘘をついているんだ。付き合ってみてよくわかったよ。このあばずれ」
美穂はしばし男を見つめ、それからにっこり笑った。
「私も、あなたのことがよくわかったわ。男として自信がないから束縛するのよ。もう弁解する気もないわ。私が何を言ってもあなたは私を信じてくれない。それなのに私が別れて欲しいとお願いしても別れてくれない。それどころか暴力に訴える」
「やめてください。二人とも」
不穏な雰囲気に山野は口を挟んだ。しかし口調は弱い。
「ごめんね。山野君、さ、あなたは下戸だからココアをどうぞ」
美穂は半ば強引に飲み物を押し付ける。
「俺は優しいんだよ。悪いのは全部お前だ」
憤りが収まらない男は言った。
「お前がイルミネーションが見たいと言ったから山野に頼んでここに連れて来たんだ。最後にいい思い出が出来るようにな」
「最後、ね」
美穂の顔から微笑みが消えていた。瞳が強い光を帯び男を睨む。
「すべてわかっているのよ。あなたは私を喜ばせたいのじゃなくて人目につかない場所を探していたことは」
急に女の声が遠くなった。美穂がまた罵ったが何を言っているのかわからなかった。男の意識は白い霧に包まれる。視界が回転し、身体がコンクリートの上に倒れた。
「こんなので大丈夫ですか」
意識を失った男を覗き込んだ山野はうわずる声で言った。顔色が悪いのは寒さのせいばかりではない。
「ええ、誰もここに人が倒れていることに気付かないわ」
女は落ちたコップを拾い、ついでに山野からも空になったコップを奪い、重ねてビニール袋に入れる。サンドイッチは包み直して一緒にバッグに押し込んだ。
「これは正当防衛よ。私もあなたもこの男の暴力に苦しめられ、この男は私を殺すために、あなたに相談してこの場所を選んだ」
「でも」
「そこで迷うから、山野君はこれまでコイツにつけ込まれて来たのよ。優しさじゃなくて度胸がないから反撃できない。いいことを教えてあげるわ。山野君。私、あなたを共犯者にする気はないわ。コイツに犯行を命じられて怖くなって私にペラペラしゃべったみたいに、今回のことも誰かに話すでしょうからね」
美穂は山野を正面から見つめた。それは男を介して二人が出会ってから初めての出来事だった。美しい顔に冷たい微笑みが浮かぶ。
「ココアにもたっぷり薬を入れたわ。大丈夫。眠っているうちに死ねるわよ」
荷物を抱えて女は地上に降り立った。一度だけ頭上を見上げる。闇に呑み込まれようとする空の中で何羽もの鴉が鳴いていた。白い息を吐き、女は雑踏に消えた。
プロすぎ
男どもは
目覚めさせてしまったのかあ!!!
来年もよろしくお願い申し上げます