Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


【支度】(「契約の龍」SIDE-C)

 当日の支度には三時間かけた。
 あらかじめセシリアには、私の部屋の方に移動していてもらってあった。久しぶりにポチの気配を傍に感じて眠るのは、なんだかくすぐったかった。
 夜明け前にアレクを叩き起して全身を洗わせ、出てきたところで、化粧の下地作り。
 次に、時間がかかるまとめ髪の下準備。
「えーと…それは、初めて見る器具だと思うんだけど…」
 取り出した鏝と、それを暖める炉を見て、アレクがひきつった顔をする。
「うん。昨夜セシリアで練習したから、使い方は大丈夫」
「……昨夜って…そんな付け焼刃で…」
「使い方のコツは、女官たちに聞いた。練習もした。それでも何か文句が?」
 すごんで見せると、おとなしく黙る。
「…まったく。セシリアだって、そんな顔はしなかったぞ?」
 髪を梳かしながら苦情申し立てをする。
「それとも、ここの女官に…」
「いえ、いいです」
 …とはいうものの、昨夜は使い方の練習だけだったから、たんに巻いただけだったんだけど。
 生乾きの髪を区分けして、ねじって留める。髪を鏝に巻きつけて巻き毛を作る。…とりあえず、ここまではうまくいっている。頭にはティアラを乗せることになっているので、前髪を使って、ティアラを乗せる土台を作り、残りは左右に分けて結いあげる、と、イメージはできている。が、どうも前髪のおさまりが悪い。仕方なくあきらめて、単純に左右二つに分けることにした。
「…さっきから試行錯誤してるようだけど…」
「女官を」
「……」
 とりあえず、形は何とかできた。残りは服を着せてから、仕上げよう。
 時間、大丈夫かな。
 化粧に取り掛からないといけないが、手が震える。
「クリス、いったん休もう。ずっと立ちっぱなしだったんだし、自分の支度もあるんじゃないか?」
「…あ、そっちは、セシリアに頼んでる。化粧が要らないから、楽」
 アレクの勧めで、ちょっと腰を下ろす。…まあ、アレクの思惑としては、会場に出る時刻を少しでも遅らせたいっていうのがあるんだろうけど。
「…ああ、でも、「仮装」なんだから、雀斑を散らす、くらいはやった方がいいのかな?大して時間もかからないし」
 手の感覚が戻ってきたところで、化粧をするために立ち上がる。
「そんなにあわてなくてもいいのに」とアレクは言うが、支度が終わらなくては食事もできないんだから。
 髪をいじってる間に飛んでしまった肌の水分を補給して、肌の調子を整え、色をのせる。陰影は骨格に合わせて。
「顔の造作は、何かリクエストある?」
「造作?」
「うん。近寄り難い感じ、とか、おとなしい感じ、とか。あまり難しい注文は私の手には余るけど」
「…あー、その、「近寄り難い」っていうので」
 何となくそう言うんじゃないかとは思ったけど。
「解った。じゃあ、その方向で」
 眉を整えて、まぶたに色をのせる。目の輪郭はつり上げ気味にして、冷たい印象に。唇はうすく描く。色は、赤みが強い方が効果的か。
「んー…こんなもん、かなあ…」
 誰かに客観的な評価がもらいたいところだけど。たぶんアレクが嫌がる。
「ドレスを着てから、残りを仕上げよう。うん」
 アレクが大きく溜め息をついて立ち上がった。
「お手柔らかに」
 下着の胴体部分に渡したひもを慎重に引っ張る。昨日よりはやや余裕を持って。
「昨日よりは緩くしたけど、苦しくはない?」
「まあ、予測して夕食は軽めにしたから」
 なるほど。
 ドレスを着せて背中のボタンを留める。ちょっときつめになってしまった。ボタンが引っ張られるほどではないが。
「化粧を仕上げるから、また座ってくれる?」
 装身具を着けて、化粧の仕上げにおしろいをはたく。
 初めてにしては、なかなかいい出来栄えだ、と思う。
「うん。いい出来。…鏡、見る?」
「…いい。遠慮しとく」
 うわぁ。声が暗い。
「じゃあ、私は自分の支度してくるから。ここで待っててね」
 アレクが低い声でああ、とか、うう、とか呻いた。返事だったのかもしれない。

 冬服のブラウスは、立ち襟だから、学院で着ていても差し支えはない、けど、夏服は開襟なので、「金瞳」が隠せない。それがスカート穿かなかった理由なんだけど。
 だから、この恰好が「仮装」だって解るのは私の知る限りでは二人しかいない。
 なので、もう少し「仮装」度を増さないと。
 母の鬘を被り、後ろで一つにまとめて三つ編みにする。それから、頬骨の上に紅を刷き、鼻の周りに雀斑を散らす。
 …まあ。こんなとこか。

「…クリス。それは卑怯だ」
 卑怯って言われた。
「だって、一昨日まで仮装はいっぱいしてるし」
「ズルい」
 ドレスで腕組みはしないでほしい。セシリアはくすくす笑ってるし。
「だから、もうあとは、老人か、コドモか、人じゃないものくらいしか」
「自分だけ楽して」
 アレクは三時間、ずっと座ってただけだったろうに。
「…わかった。途中で着替えを入れよう。それで妥協して」
「……妥協しよう。時間もないし」

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