Nicotto Town


ごま塩ニシン


夜霧の巷(29)

「同僚も、ここに連れてくるのか。」
 菅原の問いかけに二宮は右手を左右に振って、拒否した。
「とんでもない。そんなことしたら、たまり場にされてしまいますよ。僕は親父が開店披露した時に一度来たきりで、今日で二回目です。親父からは、お前の世話にならんでも、客は来てくれるで、と言われました。」
「なるほどな。ものわかりのいい親父さんだね。」
「そうでもないですよ。とにかく頑固親父で、こうと思ったら、筋を通します。今日もね、内緒で来ているのです。親父は調理場の奥の方で頑張っていますよ。一応、安心して飲める店として、先輩と一度、来たかったのです。」
「いやいや。ありがとう。そういわれると恐縮する。」
 菅原はこう言って、ビールのジョッキで乾杯した。
「先輩とはコーヒーショップ『カモメ』でお会いしましたね。もらった名刺にルポライターと肩書にありましたが、まさか、あのピストル事件を追っかけているのではないでしょうね。」
 二宮はずばり訊いてきた。
「ちょっと関心があるんだ。」
「たぶん、そうではないかと思ったのですが、あれは単なる出入り事件ですよ。追っかけたって危険でもあるし、何も出てきませんよ。やられたから、やり返した。ただそれだけの抗争事件ですね。」
「社会的背景はないのだろうか。」
「抗争事件はルポにもなりませんよ。次元が低いですからね。」
 何か二宮に先手を打たれた感じであった。菅原は糸口となるヒントを期待していたが、いきなりルポのネタにもならない抗争事件ですと断定されると何も質問できなくなってしまった。菅原はまだ具体的な事件の片鱗すら掴んでいなかった。




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