Nicotto Town


およよ・れおポン


赤色(フィクション対リアル 50:50)

今回の記事は、ほぼフィクションです。

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 特急列車の車掌となって五年。私を知る人に言わせれば、天職になるそうだ。人を観察するのが好きだから、毎日乗客を見られて楽しいだろう、というのが理由だ。
 なるほど、たしかに乗客は多い、特急乗務は検札をする。一日に数百人は乗車券を確認して、一年では何万人かになる計算だ。
 しかし、こんなものは人間観察でもなんでもない。同一人物が何回か乗車するかもしれないが、一人一人の事など覚えていない。つまり、観察などしない事が、職務上のコツなのかもしれない。

 始発駅を出ると、いつものように検札を始める。たしかに、皆、服装は違うし、背格好も違う。しかし、それらの情報は、不正乗車を防ぐために、座席と乗降駅を確認するために使われる。それはつまり、その都度忘れるべき情報とも言える。私の脳では、バッファに分類される一時記憶でしかない。

 突然、私の心臓は高鳴った。目に映ったのは、血だ。
 三十代ほどの男性客が、券を差し出したその手の、親指と人差し指のあいだが、赤く染まっていた。
 鮮やかな彩度が、血の鮮度を語っている。乾いてはいるが、つい先ほど怪我をしたばかりだろう。

 小さな傷だが、生々しさが、何かを主張するように力強い。

 それにもまして、その男性が、傷を自覚していないかのように振る舞っているのが恐ろしい。自分の怪我を知らないのだろうか。そんなはずは無い。たった今、券を持った右手だ。わからないはずが無い。
 あまりにも無表情で、私は、何もかもが無さ過ぎると感じた。



 僕は、いつ付いたかわからない傷を見ながら、記憶を辿る。たぶん、十分くらい前のできごとだ。ボストンバッグの肩ひもを架ける留め具。そこを握ったことが、怪我の原因と考えるのが妥当だろう。

 しかし、痛みが無い。確信が持てない。いや、そんなことを考えても意味が無いだろう。それよりも、夜に、髪を洗う時、痛いだろうか。それが問題だ。

 あるいは、家へ帰るまでの間、人前で、真っ赤な血を見せて歩くほうが問題ではないか。

 いやしかし、それもどうにもならない。どこかで血を洗い流すまでは、そのままにするしかないのだ。

 僕は、当面の選択肢を見つけられず、傷を無視する事にした。

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この小説もどきは、僕の少し前に体験した事実を基にしました。

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