【試着】(「契約の龍」SIDE-C)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/10/03 10:31:22
「アレク。今日のうちに試着、済ませておこう」
仮装舞踏会の前日、つまり冬至の日、アレクに声をかけると、ひどくたじろぐ様子を見せた。まさか忘れていた訳では。
「し…試着?」
「そう。それによって、補正下着の調整がいるから」
「ほ…補正?下着……って、なんだ?」
まあ、男性は知らなくて当たり前かもしれない。私だって、ついこの間まで知らなかったんだから。
「体型を矯正するために、ドレスの下に着る下着の事。ドレスと一緒に届いてなかった?」
「……届いてた、かも、しれない……けど、見てない」
「ダメだよ。お届け物は、ちゃんと確認しないと。今から確認しに行こ?」
アレクの足取りが、急に重くなる。
「厭な事だからって、先延ばしにしないの!」
クローゼットの中をあさると、セシリアの靴や帽子に混じって、箱に入った下着が出てきた。セシリア用と解釈するには、サイズが大きすぎる。
「あったよ」
「……ああ、あった、のか……」
ものすごく残念そうだ。発見されなくても、ドレスは着てもらう事になってるんだけど。
「じゃあ、試着してみようか」
アレクが怯む。
「クリスは気にならない、のか?その……」
アレクを裸に剥く事を、かな?今更って気もするけど。
「じゃあ、ここの女官の人に手伝ってもらう方がいい?」
「………クリスが気にしないのなら、それで、いい」
「私がここで育ったやんごとなき姫君なら、恥ずかしがるのかもしれないけど。あいにくそうじゃないから」
…逆はちょっと恥ずかしいかもしれない、けど。
ドレスが、首元まできっちり覆う古風な印象のデザインで、上半身がかなりタイトなので、それに合わせて補正下着もかなり厳しい。アレクは割と細身な体型ではあるんだけど、それでも。
「胴周りがパックリ開くんだが、どうするんだ?」
「息吐いて、お腹を引っ込めて」
言われたとおりにアレクが息を吐いたところで、すかさず下着の合わせ目に細かく渡したひもを引っ張って、胴を締める。
「…ぐっ。…クリス?何を…」
胴が締められるのに驚いて、アレクがうめく。
「そこでやめない。もう一回!」
三回それを繰り返したところで、ようやくきっちり閉まった。下着の形に合わせて、ウエストに見事なくびれができる。
「………拷問具か、これは」
「そういう意見もあるらしいね。そうならないように、体型を整えておくのが嗜みだって教わった」
「…誰に、とは……聞くまでもない、か…」
判っているなら、答える必要はあるまい。
「じゃあ、ドレスを合わせてみよっか?」
アレクの顔が引きつる。
「下着ほど酷い目には合わないから。……たぶん」
「たぶんなのか」
「明日はさらに化粧と髪のセットが加わるんだぞ?今からへばってどうする」
「……やっぱり、熱出して寝込む算段をした方が楽そうだ」
アレクが低い声でぼそぼそと呟いて窓の外に目をやる。声が小さいのは、胴が締めつけられて呼吸が浅いせいもあるのだろうけど。
光沢のある青い生地でできたドレスは、金髪によく映えた。下着との間に、若干余裕があるので、締め方はもう少し加減してもよさそうだ。
「装身具までは……用意されていないか」
「…そんな物の試着も要るのか?」
「飾りは要らない、素の自分で勝負、っていうなら、それでもいいけど、…注目されるよ?」
「いや、別に勝負する気はないし。…それに、注目されるのは、避けたい」
…うすうす気づいてはいたけど、「これしないと注目を浴びるよ」って言えば、何でも言う事をきかせられるんだな。便利だ。……学院に戻った時にまで有効な「呪文」っていう訳ではなさそうだけど。
なんで殊更に注目されるのを避けたがるのか、気になるところではあるけど、気持ちは解らないでもない。
「じゃあ、ちょっと待っててくれる?適当に見繕ってもらってくるから」
「見繕ってもらうって…」
「そのドレスを寄越した人に。…苦しかったら、寛げて待ってていいから」
「あ…ごめんね。ちょっと力入れ過ぎたみたい。ここんとこ、痣になってる」
試着を終え、補正下着の拘束を解かれたアレクのわき腹に、真新しい、小さな内出血を見つけた。どこかにぶつけたのでなければ、締め上げた時についたものだろう。
「…え?どこ?」
「…ここ。……痛い?」
痣になった個所を、軽く押してみる。アレクが軽く顔をしかめるが、痛い、というほどじゃない、と強がる。
「明日はもう少し加減するから」
そう言うと、アレクが小さく呻いた。
アレクが冬至祭のプレゼントに、と言ってくれたピアスは、まだ着けられそうにない。腹いせに殊更に痛くされた、とは思えないけど。
アレクさん大変身!