Nicotto Town



老いらくの恋

こんな寒い夜更けに思い出す。

三年前に逝った私の犬のこと。

彼は、ビーグルとコーギーのハーフで限りなくビーグルに見えた。
ただ、ビーグルより足が少し短くがっしりとしていた。
両耳が顔の横ではなく、前に中途半端に垂れている。
短毛の艶やかなビーグルの毛並みではなく
フサフサした柔らかいコーギーの毛並みと大きな瞳を
受け継いでいた。

なかなかのハンサムで、人間の女の子をメロメロにした。
おまけに若造りで、十四歳の高齢にして
お見合いにスカウトされたこともある。

犬のくせに犬が嫌い。
だから、女の子は人間以外、興味がない。
美人好きで、お目当ての子が道を通ると
狙いを定め、熱い視線を送り、ナンパを繰り返す。

そのくせ、可愛い!っと勝手に頭を触られると
わん!(許可なく触るな)とばかり吠える
偏屈老犬だから始末が悪い。

そんな彼が寒い夜、恋におちた。
最初にして最後の恋だった。

犬は何で恋におちるのか。
匂いだ。
自分にぴったりの匂いを家の前の
坂道の電柱あたりに
見出した。

電柱にクンクンと鼻を寄せ、目を閉じ
それから神妙な顔をする。
十分に嗅がせ家に戻るが、そわそわと
落ち着きがない。

外は零下。冷蔵庫の中みたいな寒さだ。

ワォ~ワォ~。遠吠えを始める。
もの苦しい鳴き声が続く。
まさか、発情か。
彼は15歳だった。
心臓も弱ってくる年齢で獣医さんからも
気をつけるようにいわれていた。

鳴きやまないず、リビングのドアを掻き始める。
仕方なく外に連れ出す。
寒さもなんのその、一目散に電柱へ飛んでいく。
リードを握りながら震えているわたしなど
目に入らない様子だ。

それが一晩中、二、三時間置きに繰り返す。
ワォ~。ビーグルは猟犬ゆえ、声が大きい。
ご近所迷惑を思い、マフラーと上着をひっつかみ
電柱に向かう夜が三日続いた。

若い犬なら、この落とされた匂い恋文の主を
探し求め街をさまよい歩くだろう。
ところが、老犬の彼は
匂いを嗅ぐだけで、満足して、すごすごと
私に従い家に戻る。

一晩中寝ていない様子だ。彼の体の心配と私自身の
疲れから獣医さんに安定剤を処方してもらった。
一錠飲ましてみた。
なんだか、可哀想になった。

犬の恋は、だいたい一週間で終わる。

恋は病。短い夢。甘く辛い熱病だ。
人間だって同じ。
恋に堕ちたら、処方は過ぎ去る時間しかないもの。
それでも恋は
しないより、した方が絶対にいい。

薬はやめた。
電柱の恋文を読ませてあげよう。
十五年で初めてだ。
寒空の下、ともに、どんな彼女か想像してみるのも
悪くない。

ほどなく
彼の中から恋は足早に去っていった。

それから一年後、彼は癲癇という本当の病に陥った。
一年闘病した。
転がるように弱っていき
ついに
わたしにさよならをした。

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2008/12/27 17:09
カルカンさん、honeyさん
 
 コメントありがとうございます。

 ワンの最期を思い出し、書きながらホロリとしてしまいました。
 
 でも、楽しかったなぁ。一緒に暮らせて♥
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2008/12/26 22:33
お邪魔します<(_ _)>

老いてなお心は若いのは、私は好きです^^
見ているほうは心配するでしょうが、本人はきっと幸せだったと思います^^
まわりにコントロールされて恋をさせたり、されたりとするよりは・・・・
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2008/12/26 22:10
うまく言えないけど(大切なことはいつもそうだけど)、泣けてしまいました。
昔飼っていた小鳥のことを少し思い出しました。




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