夜霧の巷(6)
- カテゴリ:自作小説
- 2018/04/04 12:54:06
事態は、翌日、思わぬ展開を見せた。ユーチューブに投稿された映像に閲覧者の注目が集まったのだ。それは雨の中、橋を渡ろうとしていた人物が、すれ違った車の通過後に橋から姿を消してしまうという映像であった。一種のトリック映像のように思われたが、もし、本当であれば車が通過する際、橋の上の人物が何らかの影響を受けたことになる。故意なのか、意図的なのかは分からない。ある意味、見過ごされてもいい映像であったが、これがブログで話題となった。二日前に港で溺死体となって浮かんでいた人物の消息と、何か、かかわりがあるのではないかと推測する意見が出されたのだ。これに影響されたのか、ユーチューブの閲覧回数が急増した。
事件との関連について警察は当然、注目していたが、溺死体と直接に結び付けるには具体性がなかった。雨の中での出来事なので映像そのものが鮮明ではない。それに橋の上の人物に車が接近する直前、スピードを急に落としているが、これだけでは事件事故との因果関係を結び付ける理由がはっきりしないということであった。ただ、遺体には車に当てられたような衝撃による内出血とか、打撲傷などの痕跡が認められなかった。遺族からの要望があって、詳しく検死されたわけではない。こうした場合、目視で客観的な事件性の痕跡がなければ、遺体の司法解剖は行われない。警察としては動機が明確でなければ、事故として処理したかったのかもしれない。つまり、酔っ払いが、ふらつきながら歩いていて、後ろから車が来たので橋の欄干の方へ寄った。車の通過直後に体のバランスを崩して運河に転落したが、運転手は雨音に影響されて、通行人の欄干からの転落に気付かなかった。このようにも考えられるからであった。事件か事故か、この二者は水と油である。
ルポライターを目指す菅原慎一郎はコーヒーショップ・カモメにいた。海岸通りを過ぎ往く人の姿や車の流れを、ぼんやり眺めていた。実際に、する仕事がなかった。伯母の家に彼は居候している。子供のない伯母は、定年後、夫が亡くなってから一人暮らしをしている。伯母は、慎一郎に家の名義を継いでほしいという要望を持っていた。要するに養子になれ、ということであった。慎一郎は拒否したわけではなかった。とりあえず、用心棒代わりに伯母の家で住み、空いている部屋を利用していた。ルポライターを目指しているが、どのようなテーマで何をルポしたいのか、まだ明確に定まっていなかった。旅や味覚といったジャンルは溢れている。一時期、成功した起業家の伝記を書きたいとも思ったが、これも中途で止めてしまった。そうかといって社会世相や刑事事件を追っかけるのも、いろいろと難しい。今の慎一郎は集中できる課題を見つけられずに悩んでいた。
認証欲求なのか、どーでもいいことでも、聴いて欲しいんだろうな。
私もそう。