【下準備】(「契約の龍」SIDE-C)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/10/02 04:54:44
人を綺麗に着飾らせるのは、楽しい。
もともとの素材が良いと、仕上がりが良く映えるので、満足感がある。
上級者の楽しみとしては、「埋もれた逸材」を磨き上げる。というのもあるそうだ。
例えば、セシリア。彼女に会った時の第一印象は、「かわいいけど神経質そうな子」だった。実際に話をしてみると、多少の人見知りはあるけれど、神経質、というほどでもないし、結構陽性な性格である事は判ったのだが。
神経質そうに見えるのは、痩せて、血色が悪く、大きな目が目立つせいだ、とは思ったが、健康にして、血色を良くする以外に、どうにかしようがあるとは思わなかった。着る物の色を変えるだけで、顔色が違って見える、というのを目の当たりにしたときは、正直びっくりした。さすがに、衣裳道楽な人は違う。
…何が言いたかったんだっけ。
自分が着せ替え人形にされるのは迷惑だが、人を着せ替えるのは楽しい、という事だ。殊に、前後で落差があるほど。
…という訳で、頼んだ訳でもないのに、アレク宛てのドレスが届いたときには、心中でほくそえんだものだ。
「これは化けさせがいがある」
だいたいアレクは、柔和で端正な顔立ちをしているしくせに、自分の身なりにはあまり構わない。改まった場所では、それなりに服装を整えるけれど、それだって服はしわが寄ってなければいいし、髪も前が見えればいい、というレベルだ。…ちゃんと梳かせば、きれいな金髪なのに。
人の服装には、あれこれと注文をつけるくせに。
「アレク変身計画」は、王宮へ移動する前日から始まった。
マルグレーテ妃から着るものは指定されていたので、「一人だけ見苦しい恰好をしていたら、注目を浴びるぞ」と脅して、頭からつま先まで洗い上げさせた。
アレクは、「本が傷むから」という理由で、汚れや臭いは神経質に落とすけれど、、もつれた髪は、そのまま放置だ。だから、当日の夜が明ける前にたたき起こして、髪を梳った。大量のもつれ毛が取れると、それはみごとな金色の滝が現れた。セシリアの髪は緩やかにウェーヴしてるのに。兄妹でも髪質って違うものなんだ。
とにかく、王宮にいる間は、毎朝髪を梳かせ、と口を酸っぱくして言い続けたおかげで、アレクの髪は、良好な艶を保ち続けた。
身なりを整えたことで、アレクの心境に変化が起きた、のかどうかは定かでないが、普段なら、絶対口にしないような事を時々言うので、……少し面映ゆい。
ところで、あのセリフには、誰かお手本がいるのだろうか?
次に覚えなくてはならないのは、化粧道具の使い方だ。これはまあ、自分の顔で練習すればいい。期間は一週間あるんだし。
化粧の仕上がりを左右するのは、その下の肌の状態だと専門家が言うので、その手入れの仕方もしっかり教わった。やはり練習は自分の顔で。
正式なドレスの着方とか、それに合わせる髪の整え方も、初めて目にするものなので、着せてくれる女官を質問攻めにしてしまった。毎回。
おかげで、ドレスの型や化粧の仕方などは、流行り廃りがあって、「これが正解」という絶対的なものはない、とか、髪形はまとめて結いあげるのが基本だが、装身具によっては、垂らしておいても良い、とか、聞けば聞くほど混乱させられた。
とにかくまあ、絶対的な決まりというものもないし、仮に、多少逸脱したとしても、そこは「仮装」という事なので、目こぼししてもらえる、という情報を得たので、
「では、やりたい放題にやっても構わないんですね?」と確認したところ、
「舞踏会なので、踊る事ができるのならば、いかようにも」という言質を取った。
むろん、主催者に、だ。